事件

「医師の解剖所見を警察が訂正」「証拠なし」でも逮捕状…忽然と消えた「重要指名手配の男」の父親が慟哭告白

 日本中の交番や警察署には、顔写真が載った重要指名手配のポスターが貼られている。誰もが一度は見たことがあるはずだ。その中の殺人容疑で重要指名手配になっている人物に、当時28歳だった小原勝幸容疑者がいる。漁師をしている小原容疑者の父親は、事件後に逮捕状が請求された時から、

「事件の捜査もロクにしていないし、決定的証拠もない。それなのに、まるで犯人であるかのように重要指名手配されている親族の身にもなってほしい」

 こう訴え続けていたのだ。

 事件は2008年7月1日に、岩手県北上山地にある川井村の渓流で、若い女性の遺体が発見されたことが発端だった。亡くなったのは宮城県登米市の佐藤梢さん(当時17歳)。首を絞められた後に、渓流に架かる20メートルほどのコンクリート橋の上から遺棄されたと推測されている。実は小原容疑者は、この佐藤さんと漢字表記も同じで同姓同名の女性と付き合っていた。しかも2人の佐藤さんは親友同士だったのだ。

 当時のマスコミはこの事実を把握していたが、そのように書くと小原容疑者の交際相手が特定される恐れがあったため書けなかった、というのが真相である。紛らわしいので亡くなった佐藤さんをAさん、そして小原容疑者と付き合っていた佐藤さんをBさんとしよう。

 小原容疑者は岩手県沿岸部の田野畑村出身で、高校を卒業後に関東で大工の職に就いたが、そこを辞めてからは、宮城県栗原市内でデリバリー嬢の送り迎えをしていた。

 この年の6月28日夜、小原容疑者がAさんに相談があるともちかける。小原容疑者の愛車、かなりくたびれた中古のシーマで岩手県盛岡市へと向かい、そこでBさんと合流する予定になっていた。恋愛の相談のようだったようだが、詳細は分かっていない。

 小原容疑者と合流したBさんは小原容疑者とケンカをしたため、怒って電車で登米の自宅に一人で戻っている。なぜかBさんはAさんとは会っていなかった。Aさんが小原容疑者と盛岡で別れた後の足取りも不明である。

 Aさん、そしてBさんと別れた小原容疑者は、盛岡から100キロほど東の海岸線にある実家に姿を現し、弟の家に泊まっている。その時(6月29日)には右手をケガしており、病院で治療を受けていた。

「右手はすごく腫れていて、自分の手を握れないほどのケガでした」

 治療にあたった医師は、このように証言する。ケガの理由について、小原容疑者は「壁とケンカして殴った」と父親に話したという。誰かにやられたのかもしれないが、それを明かすことができなかったとも考えられる。

 司法解剖の結果、Aさんが亡くなったのは6月30日から7月1日と推定された。ところが後日、所轄の宮古署は6月28日夜から7月1日と訂正している。その理由については何も発表していない。

「胃の中の消化物などから計算して医者が解剖所見を出したのに、それを訂正しているということは、何かまずいことがあったんでしょう」(社会部記者)

 6月29日には小原容疑者が右手をケガしており、両手で首を絞めることは不可能だった。Aさんの体を橋の欄干の上から渓流に投げ込むことも不可能となってしまう恐れがあったため、死亡推定時間を変えたのだとも推測できる。

 Aさんの遺体が発見された時に「沢で若い女性の遺体が見つかった」と報道されただけで身元は判明していなかったが、小原容疑者の友人によると、ラジオで一報を聞いた小原容疑者は「オレはもうダメだ」と震えていたという。

 これが何を意味するのかは、はっきりとはわからない。その後、自宅をシーマで出た小原容疑者は電柱と衝突する自損事故を起こしている。

「自宅に戻ってきて、何も言わないでブルブル震えていたんです」

 当時のことを、父親が回想する。翌日の昼には、地元で有名な「鵜の巣断崖」まで友人の車で送られた小原容疑者は友人と別れ、ひとりで断崖にいた。そして断崖絶壁の脇に靴などを置くと「オレは死ぬから」と、父親や弟に連絡をしている。その後、彼を目撃したとの情報はなく、姿は消えてしまったのだ。

 崖下の海上や海底を捜索したが手がかりはない。付近の山林も、何十人もの警官が数日間にわたり捜索したが、何も見つからなかった。小原容疑者は自死を偽装したのだと警察はみているが、この「鵜の巣の断崖」からどのようにして移動できたか、という謎は解明されていない。

 ここから国道までは徒歩で約20分もかかる上に、国道に出ても公共交通機関はない。目撃者が皆無ということは、誰かが小原容疑者をピックアップしたとしか考えられないのだ。そうした捜査がきっちりとなされてないまま逮捕状を請求したのは、無茶とも言える。

 小原容疑者のシーマは、7月1日に自宅からほど近い道路脇の電柱と衝突する自損事故を起こし、その後、警察に押収された。車内からはAさんの毛髪やサンダルが出たと発表されたが、Aさんと小原容疑者は親しかったので、シーマに乗る機会があった。それは確たる証拠にはならないだろう。

 もし小原容疑者がAさんを車内で殺したのなら、シーマの中にAさんの失禁などの証拠が残っているのが自然ではないのだろうか。もちろん、そんなものは出ていない。

 シーマは宮古署の敷地内の、シャッターがある駐車場に保管されていたが、2011年3月、東日本大震災の津波が宮古署を襲い、シーマも流されてしまった。その後、宮古署に問い合わせると、

「シーマの捜査記録は残っていますから、流されても捜査には支障はありません」

 2010年6月、小原容疑者の父親は盛岡地裁に対し、指名手配の指し止めと、家族への名誉棄損を認めさせる訴訟を起こした。裁判が終わるまでは犯人ではなく、推定無罪が大原則である。ところがこの件は確たる証拠もないまま逮捕状が請求され、300万円の報奨金付きの重要指名手配となっているのだ。

 父親の訴えに対し、盛岡地裁は「指名手配は情報提供を受けるための手段」「名誉棄損についての評価は困難」として、却下している。父親が暮らす集落では「こんな脆弱な証拠で犯人扱いするのはおかしい」という声が上がり、署名運動も起きたが、県警は歯牙にもかけていない。

「警察署の前や交番に貼られている重要指名手配のポスターを見るたびに、息苦しくなってしまうんです。いつまでこんな苦しみを受けなければならないのか。私は息子が何かの組織に殺されている可能性もあるのかな、とも思っています。もし息子が亡くなっていて、その事実もわからなければ未来永劫、私たちはこの苦しみから逃れられません。これこそ人権侵害だと、私は思います」

 東日本大震災で自宅は流されたが、父親はその後、高台に移住した。犯人かどうかがはっきりせず、確固とした証拠もない者を重要指名手配とするのは、犯罪行為に等しいのではないだろうか。

(深山渓)

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