羊蹄山を望む北海道随一のリゾート地ニセコ町を経由し、車窓から秋の景色を楽しめる「SLニセコ号」(以下ニセコ号)。同地では秋の風物詩となっているが、今年は例年より多くの鉄道ファンが沿線に詰めかけている。その寂しすぎる理由とは──。
9月20日の午前、JR小樽駅で今年も「SLニセコ号」の出発式が行われた。テープカットには、中松義治小樽市長が出席する一方、始発のホームには、あふれんばかりの鉄道ファンが殺到。例年以上のフィーバーとなった。
だが、鉄道ファンが押しかけるのも無理はない。ニセコ号が今年限りで見納めになる公算が強いのだ。
「JR北海道は、15年度末の北海道新幹線開業に向けた準備に追われている段階。SLが走る函館支社管内では新幹線の検査や試験に相当の人員が割かれるのは不可避。そのため、メンテナンスや運行スケジュールの調整で手間のかかるSLについては見直しを前提としつつも、撤退する可能性が高い」(JR関係者)
ニセコ号の他にも、ゴールデンウイークや夏休みに函館本線で運行する「SL函館大沼号」、クリスマス時期に運行する「SL函館クリスマスファンタジー号」も休止の対象となっている。昨年度は合わせて1万7000人ほどが利用する“ドル箱”列車だったが、それを休止しなければならないほどの人員不足にJR北海道は陥っているのだ。
「JR崩壊」(KADOKAWA)などの著書がある鉄道ジャーナリストの梅原淳氏がこう指摘する。
「JR北海道は、民営化前後に採用抑制とリストラを実行しましたが、蒸気機関車の保守というのは手間もかかるし人手もいる。人員削減が進んだ結果、現役社員だけでは足りずにOBを嘱託として採用し、何とかやり繰りしているのが現状です。そのうえ、新幹線に人員を割かなければならないわけですから休止もやむをえないでしょう」
さらに深刻なのが、鉄道運行上の安全対策だ。05年のJR福知山線の脱線事故後、国土交通省は全国の鉄道事業者に、急カーブで列車を自動減速させる新型ATS(自動列車停止装置)の搭載を指示。函館本線などの幹線に関しては、16年6月末までに設置しなければならない。となれば、ニセコ号や函館大沼号は、新型ATSを設置しないかぎり、2年後には運行中止の運命だったことになる。新型ATSの導入には1両数億円かかると言われるだけに、投資しても回収は難しいと判断したと見られる。
しかし、ニセコ号の沿線には、日本人の琴線に触れる叙情あふれる景色が今も残っているのは事実。先週からスタートしたNHK連続テレビ小説「マッサン」の舞台となっている余市などにも停車する。客車には木枠の座敷が並びランプを灯すなど、昭和初期の雰囲気を再現。カフェスペースには暖炉風ストーブを設けるなど、秋の旅情を味わえる演出が施されている。
「SL利用者が宿泊や飲食、買い物などで落とす観光収入が消えることになるので、沿線自治体は少なからず打撃を受けるでしょう。ただ今回、“休止”とは言っても“廃止”とは明言していません。赤字路線が圧倒的に多いJR北海道にとって、数少ない目玉路線のSLは簡単に潰したくないのが本音です。新幹線が一段落したら復活させる可能性もあると見ています」(前出・梅原氏)
ともあれニセコ号は、今年も土日、祝日にJR函館本線の札幌─蘭越間を1日1往復する。“ラストラン”の11月3日までまだまだチャンスはある。ぜひ最後の勇姿を見届けてはいかがだろうか。