「藤井聡太、恐ろしい子」
これは日本将棋連盟の羽生善治会長と同世代なら記憶にあるであろう、人気漫画「ガラスの仮面」の名ゼリフだ。9月12日の第71期王座戦5番勝負の第2局終盤は、まさに「恐ろしい展開」になった。
「将棋はよくわからないけど、藤井聡太の八冠挑戦には興味がある人」に、藤井七冠の何がすごいのかを説明すると、それは「人工知能(AI)」を超えているのだ。
今回、タイトルを5連覇すれば「名誉王座」の称号を手にする永瀬拓矢王座は終盤まで、人工知能が叩き出す最善手を指し続けた。さすがは藤井七冠の研究仲間であり、王座のタイトルホルダーである。
ところが藤井七冠は120手を過ぎたあたりから「AIが示す最善手」「2万通りの中からAIが予想する次の一手ベスト5」にもない「奇襲」を仕掛けた。対局を中継したAbemaTVの解説やYouTube解説者、視聴者からも「これは失敗では…」というコメントが寄せられる。ところが失敗とみられた、敵陣地に進んだ「歩」の存在が、対局が進むにつれジワジワ効いてくる。永瀬王座の退路を断ったからだ。
100手先を見越して「歩」や「角」が進撃する「藤井流」は将棋アニメ、将棋漫画を超えている。規格外の二刀・大谷翔平を知ってしまうと野球漫画、野球アニメがつまらなくなるというが、藤井七冠を見ているだけで面白いから小中学生が将棋にのめり込み、小中学校で「将棋部の新設ラッシュ」「将棋部に新入部員殺到」の社会現象を起こしている。将棋ゲームソフトは売れないと言われるが、藤井七冠監修のニンテンドーDSソフトはAmazonだけでも毎月50本以上を売り上げ、購入者の全体評価は4.2と極めて高い。
結果、午後10時過ぎまでもつれ込んだ死闘は、後手の藤井七冠が214手で永瀬王座の「玉入り」を阻んで勝ち、対戦成績を1勝1敗のタイに戻した。
永瀬王座が常に「最善手」を指し続けても、藤井七冠に連勝できない。王座戦は対局が夜半までもつれる長丁場。第1局では「神カレー」をお代わり、第2局でもステーキ用の和牛がゴロリと入ったホテルオークラ神戸の「名物ビーフカレー」とメロンショートケーキを平らげた、健啖家でタフな永瀬王座が有利とみられたが…。今年、筋トレで体力向上に務めてきたという藤井七冠の「八冠制覇」が見えてきた。
(那須優子)