長崎県で、カナヅチと思われていたイノシシが、海を泳ぐという珍しい映像が撮影された。「山」のイメージが強いイノシシがなぜ、海を泳いだのか。
貴重なイノシシの生態が撮影されたのは、先月27日のことだった。長崎県佐世保市の沿岸から南に約1キロの沖合で、1頭のイノシシが波に揺られながら泳いでいる様子を、海上保安庁の巡視艇の乗組員が発見。ビデオカメラで約3分間にわたって撮影したのだ。イノシシが目指していたのは、対岸の同県西海市と見られるが、無事に岸までたどりつけたかは不明のままだ。
イノシシといえば、一般的に人里離れた山奥に生息するイメージが強く、海を泳ぐなどという話は聞いたことがない。しかし、イノシシの生態に詳しい近畿中国四国農業研究センター研究員の堂山総一郎氏は、「他の哺乳類同様、ある程度の泳力はある」と話す。
堂山氏によれば、イノシシは、潮の流れに乗れば10キロくらいを泳ぐことも可能だという。実際、九州北部や瀬戸内海あたりでは泳ぐイノシシは珍しくなく、頻繁に目撃もされている。今回目撃されたイノシシは、体長約80センチと小さいことから、親とはぐれてしまった可能性も指摘されている。長崎県内の鳥獣害対策を担当している県農山村対策室によると、県内でも海を泳ぐイノシシの目撃情報は年1回程度あるという。ただ、泳ぐ理由までは不明だと話す。
「耕作放棄地の増加などにより、木の実などを食べるイノシシの生息環境はよくなっている。エサ場を求めて海を渡るということは考えにくく、あえて飛び込む理由はわかりません」(担当者)
ならば、いったいイノシシたちの海中遊泳にはどんな背景があったのか。前出・堂山氏は次のように推測する。
「イノシシには、みずから海に飛び込む習性はありません。プールなどに落とす実験でも、落水後すぐに水から上がろうとします。したがって、いちばん考えられるのは、人間や犬に追われて海に逃げ込んだケース。自動車などにぶつかって、驚いた拍子に飛び込んでしまった可能性もありますね」
すぐに岸に戻ろうとするものの、潮の流れが速いとそのまま流されてしまう。また、イノシシは走り続けることで体温が急速に上昇し、死に至ることもある。そのためハンターや犬に追われて逃げている際に、体温を冷ます目的で海に飛び込むこともあるという。
長崎県は、福岡や宮崎と並んでイノシシによる農作物被害が深刻な県だ。12年度の被害総額は約3億2000万円。同年度には約3万1000頭を捕獲したが、それでも稲やジャガイモなどの被害が後を絶たない。そのため県や自治体もイノシシの増殖・繁殖には神経をとがらせている。
「今回の佐世保湾沿岸はもともとイノシシが多く生息している地域ですが、そうじゃない場所に流れつかれると、やっかいですね」(前出・県農山村対策室担当者)
実は、今年3月、県の離島・壱岐で初めてイノシシが捕らえられた。もともと島に生息していなかったが、4年前に海から上陸するところを目撃されて以来、農作物の被害が相次いでいた。前出・県農山村対策室担当者によれば、
「この時上陸したイノシシは、玄界灘を挟んだ対岸の福岡県・糸島半島から追い立てられ、30キロ離れた壱岐にたどりついたと見られています」
3月に捕獲されたイノシシは雌の成獣だったが、幸い2~3年以内に出産した様子はなく、繁殖していた可能性は小さい。しかし、万が一に備え、市では駆除活動を続けていくという。
佐世保湾を泳いでいたイノシシが妙なところへ“猪突猛泳”していないことを祈るばかりだ。