ビジュアルと実力を兼ね備え、日本国外でも人気絶大な男子バレー日本代表。中でも「アニメかよ」とツッコミを入れたくなるのが、髙橋藍と司令塔のセッター関田誠大だった。
今年3月、日本代表セッターで胃ガン闘病中を公表していた藤井直伸が、31歳の若さで亡くなった。その遺志を継いだのが関田だが、10月1日のエジプト戦の逆転負け後、男泣きした関田が見返したのは、生前の藤井のプレーだったという。
パリ五輪出場を懸けて1戦も落とせなくなった日本代表は精神的に持ち直し、関田もまるで藤井が憑依したかのような、多彩かつ正確なパスワークで相手チームを翻弄。過半数のメンバーが2メートルを超すセルビア代表を相手に、身長175センチの関田がブロックポイントを決める。常に冷静さを失わず「巨人」を倒す様子に、世界のバレーボールファンからSNS上でつけられたあだ名は、人気コミック「進撃の巨人」の人類最強の戦士「リヴァイ兵士長」だった。
関田がリヴァイ兵士長なら、白馬に乗ったイケメン枠のエルヴィン団長は、大会初日のフィンランド戦から華麗な背面ショットを決めた髙橋だ。
スパイクを打つと見せかけてネットに背中を向け、右手でボールを相手コートに落とすフェイント。10月4日のトルコ戦では、バックアタックを決める素振りを見せながら、右の西田有志にトスする速攻だ。さらには10月8日のアメリカ戦(世界ランク1位)でもやはり、バックアタックと見せかけて富田将馬にトスするフェイクプレー。勢いに乗った日本は、アメリカ相手にフルセットまで持ち込んだ。
これらのフェイクプレーについて問われた髙橋は、W杯前に事前練習していた作戦ではなく、あくまで試合中に思いついた「遊び」と表現。続けて、
「今の監督はもう昔みたいに『何やってんだー!』って怒らないから(笑)。試合中に遊びでやっても『何なんだー、これは!』って怒んないからやれる」
根性論のバレーボールからの脱却を、満面の笑みで表現した。
「怒らない監督」と評された男子バレー日本代表指揮官は、元フランス代表監督のフィリップ・ブラン。その戦術はいわば「フランス版IDバレー」だ。相手チームのセッターの動きを徹底的に研究し、顔の向きや些細なクセから、次の攻撃パターンを予測する。パワーと高さを守備力で補ってきた日本代表には、好相性の指導者だったと言える。
裏を返せば、相手チームも日本代表を研究し尽くしているので、アタッカーには相手チームの読みの裏をかく臨機応変さが求められる。相手を混乱させ、味方の戦術の幅を広げる髙橋のフェイクプレーを、間違っても怒鳴るようなことはしない。おかげでW杯初日から勢いに乗った髙橋は、人気バレーアニメ「ハイキュー!!」のような変則プレーを、面白いように決めまくった。
バスケット男子日本代表をパリ五輪に導いたトム・ホーバス監督や、夏の甲子園大会で慶應高校を107年ぶりの優勝に導いた森林貴彦監督、そして18年ぶりにリーグ優勝させた阪神の岡田彰布監督…。こうしてみると、怒らない理論派監督が際立った、今年のスポーツシーン。日本バレーボール協会の川合俊一会長も、元バレーボール女子日本代表の益子直美理事も「怒らないバレーボール」を普及させる方針だという。
(那須優子)