1988年、新日本プロレスは藤波辰巳(現・辰爾)がアントニオ猪木に世代交代を迫る飛龍革命の勃発、猪木の命で武藤敬司、蝶野正洋、橋本真也が闘魂三銃士を結成。解雇した前田日明が新生UWFを旗揚げ‥‥と相変わらず激動だった。
一方の全日本プロレスは前年暮れ、長州力の新日本Uターンと引き換え(?)にブルーザー・ブロディが3年10カ月ぶりに復帰。ジャンボ鶴田と天龍源一郎の鶴龍対決にスタン・ハンセン、ブロディを加えて充実の時を迎えていた。
3月からインターナショナル・ヘビー級王者のジャンボ鶴田、UNヘビー級王者の天龍、PWFヘビー級王者のハンセンによる三冠統一闘争がスタートして、ここにブロディも参戦。
3.9横浜文化体育館で天龍がハンセンを下してUN&PWFの2冠王者になり、3.27日本武道館ではブロディが鶴田を撃破してインター王者に。
4.15大阪で天龍とブロディによる三冠統一戦が行われ、30分0秒、両者リングアウトで3大王座の統一は成らなかったものの、その死闘に観客は満足し、ブーイングは一切なかった。
「ハンセンにプロレスの凄さを、ブロディにプロレスラーの凄さを見させられた。ハンセン、ブロディを相次いで凌いで〝プロレスで食っている〟っていう職業意識が出てきた気がする。今までの俺のバックボーンは相撲だったけど、今後はこのシリーズでの戦いが俺を支えてくれると思う」
試合後の天龍の言葉は名言として知られている。
総帥ジャイアント馬場はこの鶴田、天龍、ハンセン、ブロディの抗争の盛り上がりから、新たな絵を描いていた。その第1弾が8月29日の日本武道館における「サマーナイトオールスター・ウォーズ」だった。
同大会は試合カードをファン投票によって決定し、ファンが望むドリームカードを実現させるというもので、中間発表は①ハンセンVSブロディ②鶴田VS天龍③馬場VSアブドーラ・ザ・ブッチャー④鶴田&ブロディVS天龍&ハンセン⑤鶴田&ハンセンVS天龍&ブロディ⑥ハンセン&ブロディVSロード・ウォリアーズ⑦ブロディVSブッチャー⑧鶴田&天龍VSハンセン&ブロディ⑨ハンセンVSブッチャー⑩馬場VS天龍。
この企画を考えた時点で馬場は「ファン投票の結果で」を大義名分にハンセンVSブロディの外国人頂上対決を想定していたし、実際にファン投票も断トツの1位だった。
さらに、馬場はこの一騎打ちを契機に鶴田とブロディ、天龍とハンセンを合体させて、タッグとしてはファン投票1位の鶴田&ブロディVS天龍&ハンセンという日本人と外国人の枠を超えたスケールの大きい戦いを全日本の主軸にしていこうとしていたのである。
だが、この構想は唐突に幻になってしまう。ファン投票実施中の7月16日、ブロディがプエルトリコ・バイヤモンのホラン・ラモン・ロブリエル・スタジアムの控室でレスラー兼ブッカーのホセ・ゴンザレスにナイフで刺されて急死するという事件が起こったのだ。
馬場は「せっかくいい計画を立てたところだったのになあ。自分のレスラー生活の中でも思い出がある印象深い選手だけに、事件で死んだというのは非常に残念。それしか言いようがない」と、落胆を隠せなかった。
8月29日の日本武道館はブロディを追悼する「ブルーザー・ブロディ・メモリアル・ナイト」に変更されてブロディの家族‥‥バーバラ夫人と愛息ジェフリーが来日。ブロディの盟友ハンセンがブッチャー相手に追悼試合を行い、メインでは天龍&阿修羅・原の龍原砲が鶴田&谷津嘉章の五輪コンビから世界タッグ王座を奪取した。
そして年末の風物詩とも言える「世界最強タッグ決定リーグ戦」開幕戦の11月19日の足利市民体育館でも事件が起こった。
試合前に馬場が記者会見を行って「全日本プロレスは昨日付で阿修羅・原を解雇いたしました。理由はいろいろありますが‥‥本人の生活態度に問題があり、今後、会社及び多くの人々に迷惑をかけることをしかねないんで、俺の一存ではなく、役員会にもかけて会社の方針で決めました」と、天龍との龍原砲で長州離脱後の全日本を支えてきた原の解雇を発表したのだ。
原は以前から借金問題を抱えていて、全日本もカバーしきれないところまできていたのだろう。
救いは原の代打として天龍の最強タッグのパートナーに抜擢された川田利明が頑張って、ファンの支持を得たこと。のちにデンジャラスKとして全日本のエースになった川田は「あそこが俺の最初のステップだった」と言う。
順風満帆のようでも予期せぬ事件に見舞われた1988年の全日本。だが原を失っても「今まで阿修羅とやってきたことを埋没させられてたまるか!」という天龍の反骨心と、盟友を失ったハンセンの悲しみと怒りの暴走ファイトによってリング上のテンションは維持された。
小佐野景浩(おさの・かげひろ)元「週刊ゴング編集長」として数多くの団体・選手を取材・執筆。テレビなどコメンテーターとしても活躍。著書に「プロレス秘史」(徳間書店)がある。