1985年、長州力らのジャパン・プロレス勢との対抗戦に突入して、日本人VS超一流外国人から日本人対決にシフトした全日本プロレスは、新日本プロレスにとどめを刺すのではないかという勢いだった。
シフトチェンジしても、豪華な外国人勢も維持。3月にはAWA世界タッグ王者で“まだ見ぬ強豪”として日本のファンが待ち望んでいた、アニマル&ホークのザ・ロード・ウォリアーズを新日本との争奪戦に勝利して招聘。3月9日の両国国技館へのプロレス初進出の目玉に据えた。
欲しいものは全て手中に収めたと言ってもいい、ジャイアント馬場にとってはまさに我が世の春だっただろうが、全日本所属の日本人、ジャパン勢、外国人、国際血盟軍‥‥と、常に40人もの選手がひしめき合う状況に不満を爆発させたのが、2~3月の「エキサイティング・ウォーズ」にエース外国人として参加したブルーザー・ブロディだ。
長州らのジャパン勢が全日本マットの主役になったことは、ブロディのプライドを大きく傷つけた。
「長州は前座でやっていればいい。日本では長州が一番の人気者らしいが、それが本当なら、日本のファンはプロレスを知らない。プロレスラーとしてはジャンボ鶴田のほうがはるかに一流だ。鶴田やキラー・カーンのようにデカいのが一流の第一条件。長州は俺を抱えることも、投げ飛ばすこともできない」と、ブロディは長州を一刀両断。
3.9両国でキラー・ブルックスと組んで長州&谷津嘉章と対戦したブロディは長州をゴリラスラムで叩きつけ、超獣キックとドロップキックで吹っ飛ばし、髪の毛を掴んで引きずり回すという一方的なファイトを仕掛けて、長州に何もさせなかった。
そこには、この両国のメインで鶴田&天龍源一郎の鶴龍コンビと対戦したウォリアーズへの対抗心もあったに違いない。初来日のウォリアーズがメインを取ったことも、ブロディの高いプライドを傷つけたのだ。
そしてシリーズ最終戦の3.14名古屋。ブロディは国際血盟軍のラッシャー木村、鶴見五郎とのトリオで馬場&鶴田&天龍と対戦したが、試合の途中でさっさと控室に戻ってしまった。これがブロディの意思表示だった。
翌15日、ブロディは全日本関係者に見送られて帰国の途に。続く「スーパーパワー・ウォーズ」に特別参加(4月19日~25日)することになっていたが、3月19日23時45分からのテレビ朝日「スポーツ・ニュース」で「ブロディが新日本マットに登場!」というスポットがブロディの写真入りで流されたから、全日本の関係者は騒然となった。ブロディを引き抜かれたのである。
その頃、馬場はシリーズを終えてハワイで静養中。馬場にとっても寝耳に水の電撃引き抜きだった。
ブロディを引き抜いたのは新日本と友好関係にあったハワイの「ポリネシアン・レスリング」でファイトしていた日系人レスラーのヒロ佐々木。UWFでレフェリーをしていたカール・ゴッチの娘婿のミスター空中の実兄で、83年9月にはアントニオ猪木の異種格闘技戦の相手として小錦の兄アノアロ・アティサノエを連れてきた人物だ。
ブロディはハワイの同団体に定期参戦していて、山本小鉄の依頼を受けて佐々木が動いたのである。
帰国からわずか5日後の3月20日夜に再び来日したブロディは、翌21日の新日本の後楽園ホールに出現。
それも場内が暗転、スポットライトが客席最後方を照らすと右手に花束、左手にチェーンを持ったスーツとネクタイ姿のブロディの姿が。観客は「ブロディ!ブロディ!」の大合唱だ。
約30秒後、ブロディが扉の奥に消えると場内が明るくなり「イノキ・ボンバイエ」のテーマで猪木がリングイン。すると今度はベートーヴェンの交響曲第5番「運命」が鳴り響き、通路から出現したブロディがチェーンを振り回しながらリングに駆け上がって猪木と対峙。乱闘にはならずに、ブロディは静かに後楽園ホールをあとにした。
明けた22日、ブロディは京王プラザホテルで記者会見を行い、全日本離脱の理由を「レスラーは商品だ。しかし、その前に生身の人間。あんなに人がいっぱいいれば、みんな頭の中が混乱してしまう」とした上で「猪木の目にバーニング・スピリット(闘魂)を見た」と語った。
猪木VSブロディの一騎打ちは4月18日、新日本の両国国技館初進出で組まれた。試合は両者リングアウトに終わったものの、猪木はあの超獣パワーに延髄斬り、バックドロップ、卍固め、ブレーンバスターなどで対抗「闘魂神話復活!」と新日本ファンを狂喜させた。イエス・キリストを思わせる顔立ちのブロディは、新日本の救世主になったのである。
新日本の坂口征二副社長は「ブロディだけで終わらない。これをステップ台に第2、第3の反撃材料もすでに用意してある」と、全日本&ジャパン連合軍に反撃の狼煙を上げた。
小佐野景浩(おさの・かげひろ)元「週刊ゴング編集長」として数多くの団体・選手を取材・執筆。テレビなどコメンテーターとしても活躍。著書に「プロレス秘史」(徳間書店)がある。