「ビニール紐で拳銃を首からブラ下げた86歳老人が、病院と郵便局で発砲」
改めて事件の概要を書くと、ものすごいパワーワードだ。10月31日、国道17号線の東と西、埼玉県戸田市と蕨市をまたいで起きた「連続発砲、郵便局立てこもり事件」。近くには事件現場となった病院や郵便局のほか、大手スーパーや小学校、保育園もある。
逮捕された鈴木常雄容疑者は警察の取調べに対し、自宅アパートの放火と病院襲撃も認めているという。当日のワイドショーでは発砲音と形状から、容疑者が所持している拳銃は安全装置の付いていない「トカレフ」の可能性が高いと報じられた。
1990年代に一般市民が巻き込まれる事件が起こるなど、社会問題になった「トカレフ」は案外、市民生活の身近なところにある。警察庁の調査によれば、1993年から2002年までの10年間で、全国の警察が押収した拳銃は約1万1000丁。アメリカ、フィリピン、アフリカ、旧ソ連からの密輸が多く、旧ソ連から入ってきたのがトカレフだった。
鈴木容疑者の犯行動機は今後、詳しく解明されるだろうが、恐ろしいのはトカレフを購入した当時はヤンチャだった人たちも70代、80代になり、老化による「認知症」や「被害妄想」を患っている場合もあること。
ワケあり独居老人の自宅を訪問すると、茶箪笥から新聞紙に包まれたトカレフと短刀がゴロリと出てきた…というゾッとする経験を筆者も一度、経験している。
この独居老人は近隣住民とのトラブルがきっかけで、認知症が判明。施設に入る手続き中に、トカレフが発見された。トカレフには安全装置がついておらず、激高した老人がすぐに撃つことができる。もし「施設に入るタイミングが遅れて」いたら、さらに精神状態が悪化し、被害妄想をこじらせ、近所の住民や筆者に銃口を向けていたかもしれない。
2021年12月には、大阪市北区の心療内科クリニックに61歳の男性患者が押し入って放火。院長(当時49歳)やクリニック職員、患者ら26人が焼死する凄惨な事件が起きた。2022年1月にも埼玉県ふじみ野市で、92歳の母親が死んだことを逆恨みした66歳の無職男性が、母親の担当医(当時44歳)を人質に立てこもり、散弾銃で銃殺した。
医療ドラマや岸田政権の「高齢者バラマキ」の影響なのか、医師にさえかかれば「不老不死の体」と「生活保護の申請書類」が手に入ると勘違いし、思い通りにならないと恫喝する中高年患者と家族が、驚くほど増えている。
戸田市や蕨市は埼玉県内の中でも、生活苦の高齢者にかなり手厚い支援をしていることで有名な自治体だ。だが今回の連続発砲放火事件を機に、粗暴な生活困窮者への支援は見直されるだろうし、独居老人に部屋を貸すのを断る大家が増えるかもしれない。
ただでさえ老化でキレやすい乱暴老人が居場所を失い、寒さと飢えをしのぐために放火や発砲事件を起こす…などということがないよう、役所と病院、警察の連携がより求められる物騒な世相になった。
(那須優子/医療ジャーナリスト)