公営競技87場のうち、79場目。地方競馬15場の最後は佐賀競馬だ。公営競技完全制覇まであと8場のカウントダウンである。出かけたのは10月28日、第13回、4日目だった。
競馬場は向こう正面の先が山で、森が大きな壁のようだった。馬場は山を切り崩し、平らにならして造られたという。佐賀競馬の基本はナイター開催。照明が灯されると、その山が迫ってくるようだった。
馬場は1周1100メートル、4コーナーからゴールまでは200メートル。馬場の砂はこの夏に入れ替えたばかりで、走りやすいのが外のコースなのか、内ラチ沿いをあけるレースが目立った。
専門紙「馬物語」と「通信社PRO」に載っている予想記者の的中ランキング、それから参考になるのが、リーディングのジョッキーとトレーナーのデータである。この時点のジョッキー1位は飛田(ひだ)愛斗、2位が山田義貴、3位・石川慎将。飛田と山田はまだ21歳、19歳とフレッシュなジョッキーだ。佐賀を代表するジョッキーといえば、5000勝を超えるレジェンド・山口勲だが、ランキングは4位だった。場内で地元ファンに何気なく聞いてみると、
「昔は山口を買っておけば、よかよかだったけん」
どうやら若手の台頭が著しいようだ。この日、飛田は2勝を記録した。ジョッキーの顕著な傾向というほどではない気がして、予想記者ランキング、ジョッキーのランキング、それから馬の成績とにらめっこしながら、地方競馬最後の勝負! 四苦八苦のテイである。
初的中は7R。C2、1400メートル、フルゲートの12頭立てだ。この日の距離は1400メートルが7レースあった。中心は飛田騎乗、記者の的中ランキングトップの福島(通信社A)が◎を売っている④メイショウカンギク。1着④固定で2着3着①スパイツァック、⑤メイトゥリアーク、⑪アピールデザインのボックスを選択した。④の2着と3着も少々。
レースは①④が逃げ、ゴールでは④が交わし、3着には中段から一気に追い込んだ⑪が入った。その3着は鼻差のきわどい決着で、確定が出るまではハラハラものだった。1番、3番、5番人気の3連単④①⑪3400円。もう少し高配当が欲しかった。
8Rは外枠5頭と読み切ることができたが、好配当を狙ってドボン。9Rも④⑤⑨⑩4頭の争いと読み切ったが、④⑤⑩のボックス馬券に絞ったところ、⑤⑨⑩決着で、3連単は1万2420円。またド、ドボン。
10Rの霜降特選は1750メートルの11頭立てだ。福島Aが◎の⑧リヨンに賭ける。2着3着は①②③⑨⑩⑪の6頭ボックスで。⑨⑪が逃げて、⑧と⑩が追い込んできて、3連単⑧⑨⑩3690円。馬券は取ったが、ちょい浮きの残念賞だった。
地方競馬めぐりの区切りの馬券になった11RはA2、KYUSHU DREAM賞、1700メートルの10頭立て。飛田騎乗で福島(通信社A)が◎と被った⑥シクラグランデと、①ビクトルテソーロ、⑧アルマトップエンドが1着のフォーメーションで広めに。だが、2着で買った④ピーチリキュールが1着に入線して、3連単④⑧⑥1万1680円。ドボン、である。結局、15場の最後は2安打で終了となった。
1980年代後半、山口瞳は全国の地方競馬を旅打ちした著書「草競馬流浪記」を書いた。当時の地方競馬場は28場(JRA函館を含む)だった。それが今は15場になった。笠松競馬のように昔ながらの競馬場もあれば、盛岡競馬のように、真新しく立派に感じる競馬場もある。しかし、ゴールに向かってダートのコースをドタッ、ドタッと走る競走馬の躍動感は、どこの競馬場も変わらない。遠くにやってきたなという感慨とともに、孤独に競馬を楽しむ喜びに浸る時間の、なんと充実していたことか。
鳥栖はルーツがフランスという、みつせ鶏が有名だ。鳥栖駅前には飲食店が点在している。その中のみつせ鶏を食べることができる店で、柔らかい唐揚げを肴に日本酒をグビグビッとやって、夜は暮れた。
翌日は電車で移動して、唐津ボート(ボートレースからつ)へ。全国制覇の80場目である。
(峯田淳/コラムニスト)