◆今週のキーマン:橋下徹〈はしもと・とおる〉(維新の党共同代表)●タレント弁護士として全国区の人気を獲得し、08年の大阪府知事就任を経て、11年に大阪市長に。「慰安婦制度は必要」など、物議を醸した暴言は数知れず。
公人として求められる言動のタメと「徳」
「やられたらやり返すッ」「うるせぇな、お前」等々、慇懃無礼を絵に描いたような「浪速のケンカ師」橋下徹・維新の党共同代表(大阪市長)だが、一方で、なるほど弁護士上がりなだけに計算に長け、政治的思惑も並々ならぬものがうかがえる。
そのひとつが、当初、言を左右していたが結局は出馬を見送った今回の総選挙に表れている。橋下氏は、自ら掲げる看板政策「大阪都構想」を潰そうとしている「元凶」を公明党とし、これまでは見送ってきた大阪の公明党候補がいる選挙区に維新の対立候補をぶつけ、盟友の松井一郎幹事長(大阪府知事)ともども出馬する可能性をチラつかせていた。橋下氏が出れば、公明党候補の「安泰」は一転、苦境に立つことが予想された。
それがなぜ翻意だったのか。橋下氏が出馬すれば維新の議席伸長が大いに期待でき、その勢いを借りて来年4月の統一地方選も有利に展開できる。維新が過半数に届かぬゆえに府・市議会とも公明党らの反対で行き詰っている都構想も、過半数制覇で一歩実現に近づくはずなのにである。そうした橋下氏は、この出馬見送りの理由を「統一地方選もあるので、投げ出せない。単一的なロジックでは決められないということだ」と言っていた。
しかしこの出馬見送り、深読みすれば、冒頭に記した「計算と政治的思惑」のナゾ解きができる。すなわち、都構想実現にはパイプのある安倍晋三政権の協力が欠かせないという前提である。今度の総選挙は、安倍自民党の「確勝」までは予測できないのが現状だ。仮に自らが出馬、維新が大きく議席を伸ばせば、これをもって野党全体にも追い風が吹き、民主党への助け舟ともなる。これは自民党を窮地に追い込むこととなり、安倍政権に協力を得ての都構想推進がさらに難しくなるとの見方ができる。
また、維新内部の現状は選挙を前に足並みを揃えてはいるが、橋下氏の保守志向派と、同じく共同代表である江田憲司氏の野党再編派グループに二分されており、選挙後この路線の違いが顕在化、いつ党分裂が起きてもおかしくないことを視野に入れているともみられる。もっとも、痛い目に遭いそうだった公明党関係者からは、当初から不出馬を見抜いたこんな声が漏れていた。
「代議士になっても、1年生では何の力も持たない。いいように政権の補完勢力になるだけだ。それに大阪の有権者は、(橋下氏が)大阪を見捨てたと見る。拍手するわけがない。また、今後のわが党との修復も視野に入れているだろう。計算の立つ橋下氏がそんな選択をするわけがない」
橋下氏、目先が利くし、頭もキレる。惜しむらくは、言動にタメがない。ために、「徳」がうかがえない。政治家は思ったことは一度飲み込み、発酵させたうえで口にすることが求められる。フランスには古くから、「ノーブレス・オブリージ」(上に立つ者はそれなりの倫理、社会的責任がある、の意)という名言がある。その根底で要求されるのは、「徳」ということである。策に溺れてはいけない。一方で、久しぶりに政界を賑わせる新種の「怪人」誕生、とは言えそうである。
◆政治評論家・小林吉弥