日本のあちこちで中国人エージェントが跋扈している。そんな最中、常日頃は相手方に気づかれぬよう身を潜め、情報収集や監視業務に専心している警視庁公安部が、ついにそのベールを脱ぎ捨て、中国と対峙する姿勢を公然と示したのだ。
戦いの火蓋が切られたのは、師走に入ったばかりの12月初旬。公安部は、ある人物の身柄を拘束したのだ。
逮捕されたのは、国内の大手自動車会社に勤務する中国人・張天文(32)。容疑は不正競争防止法違反。張は自動車会社に就職する以前に、電子部品大手のアルプスアルパインに勤務していたが、21年11月、会社のサーバーからデータファイルを社用パソコンにダウンロードし、その後、自分のハードディスクにコピーする形で、自動車向けの電子部品の設計に関するデータを不正に取得したとされる。アルプスアルパインが警視庁に被害を相談し、事件が発覚したという。
一見、転職のための違法行為、あるいは金銭目的の経済事件であるかに見える。中国政府も、あたかもごく普通の刑事事件であるかのように、「日本側が中国国民の合法的権益を保護するよう希望する」と述べるにとどめた。
だが‥‥。
「中国の工作は目に余る。これは緒戦だ」
そう明かした公安関係者は、次のように続けた。
「これまで泳がせてきた。背後関係などを洗うためだ」
その結果、かなりの規模の工作ネットワークの存在が明らかになったのだという。それを踏まえ、臨戦態勢に入りかけた頃、くしくも米国からの通報があったことにも言及した。
「1カ月ほど前、米国からEV(電気自動車)を中心に自動車関連の技術の窃取を目的に日本法人を置く中国企業があるとの連絡があった。中国政府の指導下、電子部品をはじめ、数々の事業を展開している大手企業の子会社のことだが、これに付随して、この子会社の代表取締役が、かねてCIA、FBIが中国のエージェントとしてマークしていた日本人ITエンジニアのAと緊密に連絡を取り合っていることも伝えてきた。さらに、Aが米国の永住権を得ていて、カリフォルニアのシリコンバレーで働いていたこと、最近、日本にも拠点を設けて活動し始めたこと、また、Aが使用している携帯電話の番号などについての情報も開示してきた」
公安関係者は、このことが今回の立件にどう関係したか明確には説明しなかったが、その後の動きからすると、最終的に公安部の背を押すことになったと見るのが妥当のようだ。