北朝鮮と韓国の軍事境界線、いわゆる38度線一帯は、軍による監視が厳しい上に、無数の地雷まで敷設されているため、北からの脱北は不可能となっている。加えて、唯一の脱北ルートとされてきた中朝国境ルート、すなわち中国から東南アジアを経て韓国へと逃げ出すルートも、北朝鮮の金正恩総書記と中国の習近平国家主席という、極東アジアの一角に君臨する2人の独裁者によって、封鎖に追い込まれてしまった――。
前回までの記事では、飢餓と餓死に怯える北朝鮮人民に突きつけられた、恐怖と絶望の実態を炙り出した。事実、脱北の様相は激変の兆しを見せ始めている。
「入手可能な最も新しい数字で見ると、韓国に逃れた2023年の脱北者数は、6月時点で99人とされている。ただし、その大半は中国やロシアなどで働いていた人々で、職場から韓国へと逃げ出した労働者なのです。この一事からも明らかなように、かつての中朝国境ルートは全く機能していないと言っていいでしょう」(北朝鮮ウォッチャー)
そんな中、新たな脱北の光として浮上してきたのが「海上ルート」だ。北朝鮮の内情に詳しい国際政治ジャーナリストが指摘する。
「日本海上に引かれた『北方限界線(NLL)』は、韓国と北朝鮮を隔てる『海の南北境界線』と言われています。陸の中朝国境ルートが事実上の封鎖に追い込まれた今、この北方限界線を越えて北朝鮮から韓国に脱北する海上ルートが、脱北を希望する北朝鮮人民にとっての、最後の命綱になりつつあるのです」
2023年10月には、小型の木造船で北方限界線を越えた北の住民4人(男性1人、女性3人の家族)が脱北に成功している。4人は韓国の東方約11キロの沖合の海上で発見され、韓国海洋警察当局によって身柄を保護された。
だが、海上ルートの雲行きも怪しくなりつつあると、先の国際政治ジャーナリストは解説する。
「北方限界線を越えての脱北は約4年ぶりのことでしたが、金正恩は海上脱北ルートの監視を血眼になって強化し始めており、脱北船舶が次々と摘発されるのは時間の問題でしょう。今後は闇夜の海を泳いで逃げ出す、命がけの脱北が相次ぐかもしれません」
海上ルートによる脱北は、まさに「決死行」なのだ。(つづく)
(石森巌)