3月26日に行われる予定だったFIFAワールドカップ(W杯)北中米大会アジア2次予選の北朝鮮・平壌開催が急転、白紙となった。3月21日に国立競技場で行われた日本VS北朝鮮戦後、日本サッカー協会(JFA)の田嶋幸三会長が中止を明らかにした。
田嶋会長によれば、21日朝に「北朝鮮からアジア・サッカー連盟(AFC)に対し『平壌での開催が難しい』とのレターが届いた」という。その上で田嶋会長は、
「(AFCは)『北朝鮮の責任の下でやりなさい』と、中立国での開催などの代案提出を求めたが、残念ながら(北朝鮮からの)代案が来なかった」
と説明。その後、第三国で開催する見通しだとのニュースが流れたが、現時点では不透明だ。
北朝鮮が突如、平壌での開催中止を申し入れた背景として浮上しているのが、日本国内で流行中の麻疹と劇症型溶血性レンサ球菌感染症、通称「人喰いバクテリア」だ。
北朝鮮の朝鮮労働党機関紙「労働新聞」は同日、「日本で感染力の強いはしかが広まっている」「日本で死亡率の高い『悪性伝染病』が広まっている」と日本国内の感染症に関する記事を2本も掲載。「悪性伝染病」とは劇症型溶血性レンサ球菌感染症を指しているとみられ、3月26日に平壌で13年ぶりに行われるはずだった日本代表との試合を控え、国内での感染拡大を警戒する様子が紙面から伺える。
劇症型溶血性レンサ球菌感染症は喉の粘膜の炎症、皮膚の潰瘍、擦り傷、虫刺されなどの小さな傷に、A群溶血性レンサ球菌が感染することで発症する。菌自体は「とびひ」や「咽頭炎」を起こす、ありふれたバイ菌。
ところが、糖尿病などの持病がある人、水疱瘡や帯状疱疹などの水疱や潰瘍を作るウイルス感染症にかかったばかりの人、高齢者、手術後や化学療法後で抵抗力が落ちている人などは、血流を介して全身にレンサ球菌が回って、手足があっという間に壊死してしまう。
レンサ球菌にはペニシリンなどの抗生物質がよく効き、綺麗な上水道で傷を洗えば重症化はしない。もし全身に菌が回り、手足が腐り始めたら、直ちに病院で集中治療を受け、壊死した部分を切除する緊急手術が必要となる。
北朝鮮へ人道支援に入るWHOやユニセフ、国際赤十字には守秘義務があり、現地の医療事情を公表できないが、2007年に中国国境から北朝鮮に麻疹の感染が拡大した際は3600人が感染、妊婦や新生児が死亡したと公表された。
これは医療団の治療を受けられるような、朝鮮労働党の幹部クラスの妻子が亡くなったことを意味しており、WHOやユニセフ、赤十字は現地で1800人にワクチン接種をしたという。それ以外の国民には、ワクチンや治療薬は行き届いていない。
麻疹は空気感染で簡単にうつる上に、感染力は1人の患者が同じ飛行機に乗り合わせた乗客17人以上に感染させるほど強力だ。ワクチン接種率の低い日本はG7先進国の中で唯一の「麻疹汚染国」で、もし日本サッカー協会関係者や取材団の中に麻疹ワクチンを1回しか接種していない人がいれば、本人は軽い風邪程度の症状でも、ウイルスを拡散させる恐れがある。
新型コロナの呪縛から解放されたところに現れた、厄介者の麻疹と人食いバクテリアがまさか、北朝鮮代表の伏兵になるとは。中国国内でも麻疹の流行の兆しがあり、北朝鮮は当面、国際大会に出場しない可能性も出てきた。
(那須優子/医療ジャーナリスト)