前回、総選挙における自民党の公約を見るかぎり、第3次安倍内閣は「いい方向」にも「悪い方向」にも舵を切れることを解説した。
実に296にも及ぶ自民党の公約の中で、特に驚いたのは、
「パートタイム労働者、契約社員、派遣労働者等の雇用形態で働いていて、正規雇用への転換を希望する方々のキャリアアップ等を図り、正規雇用への転換を果断に進めます」
というもの。「正社員実現加速プロジェクト」の推進が、堂々と掲げられていた点だ。何しろ、第2次安倍政権は秋の臨時国会で、労働者派遣法の改正案を審議入りさせた内閣だ。
これまで企業は一部の専門業務を除き、同一職場に派遣社員を雇用する場合、最大3年という規制を受けていた。改正案は、企業側が「人(派遣労働者)」を変えれば3年を超えて同一職場で派遣社員を受け入れることを可能にするものだ。
つまり無制限に「派遣社員に任せて構わない」という主旨の労働者派遣法改正案を推進していた自民党政権が、いきなり「正規社員実現加速プロジェクト」の推進を公約に載せてきたわけである。あるいは社会インフラの整備関連の公約にも驚いた。
公共投資について、安定的・持続的な見通しを持ち、計画的に実施する改正品確法にのっとり、特に若年層の人材が枯渇しつつある建設産業において「新たな担い手」を育成する。国土強靭化、災害対策、インフラ老朽化対策を実施し、国民の安全・安心を確保する。
同時に生産性向上を実現すると、現在の日本にとって「完璧」と言えるすばらしい政策が、自民党の公約に掲載されていたのだ。
あらためて書くまでもないが、我が国は世界屈指の自然災害大国だ。国土面積は、世界のわずか0.25%に過ぎないのだが、マグニチュード6以上の大地震の2割は我が国で起きている。さらに、台風が襲来し、雨期(梅雨)もある。豪雨になると、水害、土砂災害が多発する。国土が細長く、中央に脊梁山脈がそびえており、大量の河川で国土が分断されている。
日本国で国民が安全に、安心して暮らしていくためには、政府が公共投資を実施し、社会インフラを整備するしかないのだ。
さらに、生産年齢人口対総人口比率が低下していっている我が国にとって、国民の生産性の向上は必須課題だ。生産性向上のためには、もちろん企業が設備投資を実施し、人材投資を拡大しなければならない。とはいえ、前提として、政府が公共投資で「生産性を高めやすい環境」を構築する必要があるのである。
自民党の公約の一部は、我が国を確実に繁栄に導く「天使の公約」だ。
政府が必要な支出、投資を実施し、国民の安全を守ると同時に、生産性向上のための基盤を築く。労働規制はむしろ強化し、非正規雇用の正規社員化を図る。建設サービスなど、人手不足の業界に若年層労働者を呼び込み、現役世代からの技術継承を行う。
すばらしい!
若者の雇用が安定化し、実質賃金が上昇に転じれば、少子化の問題もいずれは解決するだろう。
問題は、「全部乗せ」であった自民党の公約には「天使の公約」と同時に「悪魔の公約」も盛り込まれていたという点である。
(次回へつづく)
◆プロフィール 三橋貴明(みつはし・たかあき) 日本IBMなどを経て08年に中小企業診断士として独立。ブログ「新世紀のビッグブラザーへ」は約100万件中、総合1位(14年5月現在)。単行本執筆、各種メディアへの出演、全国各地での講演などに活躍している。