小泉政権期、竹中平蔵経済財政政策担当大臣(当時)の下で、いくつかの「指標」の変更が実施された。
1つ目は、前回の「プライマリーバランス(以下、PB)黒字化」を財政目標として設定したことだ。短期でPBを改善させようとすると、政府はデフレ対策とは逆の、増税や政府支出の削減といった「デフレ化政策」しか取れなくなってしまうのだ。
2つ目はデフレの主因たるデフレギャップ(需要不足)を計算する潜在GDPが「最大概念」から「平均概念」に変えられたこと。
デフレギャップは「潜在GDP─名目GDP(現実の需要)」で計算される。それまでの潜在GDPは、失業率が「完全雇用」状態で、国内の全ての設備がフル稼働した際に生産可能なGDPとされていた。すなわち「最大概念の潜在GDP」だったのだ。国内の全てのリソースが稼働した時点のGDPと、現実の名目GDPの「差」が、デフレギャップだったのである。
ところが、竹中氏の下、「潜在GDP」の定義は「過去の長期トレンドで生産可能なGDP」に変更されてしまった。つまりは「平均概念の潜在GDP」で「過去の失業率の平均」時点のGDPになる。現実には「労働者の余剰」「設備の過剰」が発生している。にもかかわらず、「平均」である以上、余剰人員・過剰設備時点のGDPが「潜在GDP」という定義になってしまう。
わかりやすく言えば、デフレギャップが現実よりも「小さく見える」ように、再定義されてしまったのだ。
決定的なのが「マクロ経済モデル」の変更だ。我が国の財政出動や消費税などの「経済財政効果」を測るマクロ経済モデルが、発展途上国型に変えられてしまった。信じられないかもしれないが、現在の日本はIMFなどが使う「途上国をインフレから脱却させる」ためのマクロ経済モデルを使用しているのである。これは何を意味するのか?
途上国が財政危機に陥りIMF管理下に置かれると、増税と政府支出削減を中心とする「緊縮財政」の実施を強要される。
97年の橋本政権では増税と緊縮財政がセットで行われた。その結果は01年自民党総裁選での橋本氏の言葉で明らかである。
「私が内閣総理大臣の職にありました時、財政再建のタイミングを早まったことが原因となって経済低迷をもたらしたことは、心からおわびをいたします」
途上国型経済モデルでは、財政出動がGDP成長に与える「好影響」や、消費税増税による「悪影響」が、ともに小さくなってしまう。「デフレ」に苦しむ我が国の経済・財政の羅針盤が、途上国型モデルに変更され、常に増税と緊縮財政を指し示し続けているのだ。
14年3月4日。自由民主党の西田昌司参議院議員が、国会でマクロ経済モデルは誰がいつ変更したのかを質問した。内閣府の担当官は「01年11月に変更された。内閣は小泉内閣」であり、その時の担当大臣は「竹中大臣」と回答した。
PB目標、平均概念の潜在GDP、そしてマクロ経済モデルの変更──我が国の政府はデフレを深刻化させる「狂った羅針盤」を今も使い続けている。
狂った羅針盤の全ては、竹中平蔵氏が大臣だった時期に導入されたということだ。不思議な話である。
◆プロフィール 三橋貴明(みつはし・たかあき) 日本IBMなどを経て08年に中小企業診断士として独立。ブログ「新世紀のビッグブラザーへ」は約100万件中、総合1位(14年5月現在)。単行本執筆、各種メディアへの出演、全国各地での講演などに活躍している。