「悪さばかりしていると、ゴンベルにさらわれるぞ!」
これはインドネシアで暮らす母親たちが、今でも悪戯な子供を叱る際に用いる言葉だという。
日本人にはおよそ聞き慣れない、この「ゴンベル」とは、古くからインドネシアの神話で伝わる「ウェウェ・ゴンベル」という老婆の姿をした妖怪のことだ。ざんばら髪に長く垂れ下がった乳房が特徴で、狙いを定めた子供をその乳房の下に押し込んで連れ去るというのである。
アジアの不思議な伝承に詳しい専門家によれば、ゴンベルはもともとインドネシアの中部ジャワ州の州都スマランで暮らすごく普通の主婦だった。子供が授からなかったことから、仲睦まじかった夫婦の間にはしだいに隙間風が吹き始め、やがて夫が別の女のもとへ足しげく通うようになった。
「疑心暗鬼になった妻はある日、夫の後を付け、行為中の2人を目撃してしまった。錯乱した妻が夫を殺してしまったというんです。ところが、まだ男尊女卑が根強い時代。原因などそっちのけで、妻は地元住民全員から責め立てられ、袋叩きにされたあげく、最後は自ら命を絶ってしまった。その怨霊がゴンベルという妖怪に姿を変えて、村人に復讐するため、子供をさらうようになったのだと…」(前出・アジア伝承専門家)
むろん、これは神話として伝わる話だが、インドネシアでは時折、実際に子供が老女によって連れ去られる事件が発生している。その大半が親に育児放棄された子供、あるいは虐待されてきた子供だとされ、
「地元で暮らす人々の間では、ゴンベルが現代に姿を現し、子供たちをさらって、子育てしない親たちを戒めているのではないか、との噂が流布。ゴンベルは今なお、都市伝説を超える存在として、現地の人々から恐れられています」(前出・アジア伝承専門家)
誘拐事件の現場付近には決まって、女性用下着が残されているというが、それが何を意味するのかは不明である。
(ジョン・ドゥ)