孤高の天才外科医「ブラック・ジャック」が、15年ぶりにドラマで帰ってくる。過去には宍戸錠、加山雄三、本木雅弘…と錚々たるメンバーが実写化に挑んだ手塚治虫の原作コミック「ブラックジャック」を、今回は飯豊まりえとの結婚を発表したばかりの高橋一生が演じる。
脚本は東野圭吾作品ドラマや「JIN-仁-」を手がけた森下桂子氏で、ブラック・ジャックに扮する高橋とヒゲオヤジ役・千葉哲也のキャラクター再現度は高く、テレビ朝日の番組公式インスタグラムは盛り上がる…はずだった。
ところが6月30日の放送直前になって、SNS上ではこんな指摘で溢れることになる。
〈既視感あると思ったら「翔んで埼玉」だった〉
〈「翔んで埼玉」に失礼〉
〈宍戸錠にダメ出しした手塚治虫先生があの世で激怒している〉
その理由はブラック・ジャックのアンチテーゼとして登場する、「安楽死をもって」病に苦しむ患者の魂を救う元軍医ドクター・キリコが、女医に改悪されたせいだ。ドクター・キリコは手塚治虫の公式サイトで、次のように説明されている。
〈その信念は、軍医時代「戦場で手足をもがれ胸や腹をつぶされてそれでもまだ死ねないでいる悲惨なけが人をゴマンと見たんだ」と語る凄惨な体験から来ている。ブラック・ジャックと相反するキャラクターでありながら、医学の限界、医師が果たすべき役割といった、手塚治虫が伝えたかった永遠の命題を際立たせる最も重要なキャラクターの一人〉
医師でもある作者が、特に丁寧に描いた人物である。生き地獄の戦場から生還した元軍医を、お化け屋敷か中世の音楽家のような「白髪のザンバラ頭」の女医に改変したのだから、「病と死」を扱うシリアスな医療ドラマが台無しだ。主演の高橋だけでなく、キリコを演じる石橋静河にとっても、黒歴史になりかねない。
このキリコ役、原作通り男性軍医の設定だったら今の時代、誰が適役だったのか、考えてみた。「翔んで埼玉」のせいでGACKTと京本政樹の横顔がチラつくが、ワシ鼻が特徴的で冷血な役柄を演じられる「手塚治虫が描く顔っぽい」俳優となると、草彅剛か玉木宏、伊勢谷友介あたりか(やはり「翔んで埼玉」を引きずっている)。
玉木はともかく、今期、木村拓哉をドラマ主演に据えたテレビ朝日で、草彅の起用は不可能なのだろう。
死ねずに苦しむ負傷者を見てきた軍医を陳腐な女医に変えることが、ポリティカルコレクトネスなのだろうか。ブラック・ジャックには「腫れ物から生まれ」「家族に疎まれ」「子供のまま生き続ける」ピノコという、手塚が時代を先取りしてポリコレに配慮した、魅力的なヒロインが存在している。
史上最悪の子供への性犯罪を続けた元ジャニーズ事務所のタレントを重用し続けるテレビ朝日の「偏向キャスティング」の方が、よほどポリコレに反し、視聴者の不快感を増幅させているのだが。
(那須優子)