「日本最大の圧力団体」日本医師会のアンチテーゼとして、マンモス医療法人「徳洲会」を創設し、衆院議員を通算4期務めた徳田虎雄氏が7月10日、神奈川県内の病院で死去した。
22年前に全身の筋肉が動かなくなる進行性の難病「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」を発症し、晩年は病魔との戦いだった。
鹿児島県徳之島出身の徳田氏が大阪で医師を志したのは、実弟の死がきっかけだったと言われる。
徳田少年が小学3年生の頃、3歳の弟は島内の開業医らの診療拒否で命を落とした。腹痛でのたうち回る幼い弟を見ていられず、島内の開業医に自ら往診を頼みに駆け回ったが、夜間であることを理由に「朝になったら診る」と断られ、幼い弟は次の日の朝日を見ることなく、悶絶死した。どんな救急患者でも断らない徳洲会の24時間365日無休で医療提供する経営方針は、この時に流した悔し涙が出発点となっている。
こうした背景から、徳洲会は僻地や離島での病院建設に積極的だったが、全国の地元医師会からは猛烈な反対運動が起きた。徳田氏の地元、鹿児島県内に離島から患者を運べるドクターヘリ対応の病院建設構想が上がった際も、鹿児島県医師会、各市医師会から反対運動が起きた。
急患を診もしないくせに、既得権益だけは守ろうとする日本医師会、地元医師会には閉口するしかないが、平日昼間にのみ営業し、老人と無職の人が暇つぶしに薬を貰いにくるサロン開業医の尻拭いをするかのように、急患や夜間診療、緊急手術を請け負う徳洲会は、今では関連施設も含めたグループ病院数400、全国の救急搬送患者の3%を引き受け、2021年には神奈川県に湘南医療大学を創設するまで発展した。
そのひとつ、NHK「プロジェクトX」にも登場したゴッドハンド心臓血管外科医・須磨久善氏が院長を務めた、葉山御用邸に近い神奈川県葉山町の「葉山ハートセンター」には、石原元都知事と徳田氏のツーショット写真が飾られていた。
慎太郎氏は弟の裕次郎の最期に海を見せられなかったことを、悔やんでいたという。心臓病で死を覚悟した患者が海を見られる立地に同センターを誘致できたのも、石原元都知事と徳田氏が「海を愛する弟を亡くした」同じ痛みを共有する同志だったからだ。
徳田氏の構想に感銘を受けた石原元都知事は、都立病院にも24時間医療が受けられる「ER東京」を創設。僻地医療とは無縁の都民も徳田氏の「生命だけは平等」という理念の恩恵にあずかっていた。
だがその後、石原氏の後継者となった猪瀬直樹元都知事が徳洲会から5000万円を受領し、阿部知子氏や亀井静香氏ら与野党の政治家に金品を貸し付けていた「徳洲会事件」で迷走した。
宿敵の地方医師会と近しい小池百合子都知事の3選が決まった3日後に徳田氏が亡くなるのは、あまりにも皮肉だ。
創設者の徳田氏が難病に倒れてからというもの、次男の性的暴行事件、脱税事件、過去に事件を起こしたいわくつきのリピーター医師による連続医療ミス、101歳の高齢者への心臓手術など、医療倫理を欠いた問題が山積する徳洲会。日本医師会という巨悪に挑み続けた徳田氏が亡き弟に誓った医業の原点回帰は、できるのだろうか。
(那須優子/医療ジャーナリスト)