──KANO~1931海の向こうの甲子園~──
●ストーリー 1929年、日本統治下の台湾。嘉義農林野球部は弱小だったが、そこに日本人監督・近藤が就任する。スパルタ式訓練で甲子園進出を目指す ●監督/マー・ジーシアン 出演/永瀬正敏、坂井真紀ほか ●配給会社 ショウゲート ●1月24日より新宿バルト9ほか、全国公開。
野球ファンにとって、ドラフト会議から開幕戦までの数カ月間は話題もとだえ、寂しい時期を過ごすわけだが今年は違う。
「バンクーバーの朝日」「アゲイン 28年目の甲子園」、「ドラフト・デイ」と野球映画がめじろ押しなのだ。
どれも個性的な作品だが個人的なイチオシはコレ。1930年代の台湾を舞台にした高校野球映画で、史実をもとにしたスポ根ものだ。
弱小チーム嘉義〈かぎ〉農林学校の野球部に、名門・松山商業出身の鬼監督・近藤(永瀬正敏)が赴任、スパルタ方式で部員を鍛え上げる展開は、この手の王道パターンといったところか。
この映画が他の類似品と一線を画するのは、メキメキ強くなるこの生徒たちが、民族の垣根を越えたチームという点だ。言うまでもなく戦前の台湾は日本統治下にあったわけで、嘉義農林野球部も日本人、台湾人(漢人)、台湾原住民の混成メンバー。複数の言語が飛び交うこの映画同様、てんでバラバラな子供たちだが、甲子園出場の大目標と優秀なコーチを得ると、やがて本土の球児以上の結束力を発揮する。
東アジア情勢がきな臭くなってきた現在、アジアの多民族が力を合わせて絆を深めるストーリーこそ、最大の泣きどころだ。
興味深いことに、この話は台湾の若者に大ウケし、社会現象にまでなった。製作費10億円弱、台湾映画としては最大級の大作とはいえ、そのフィーバーぶりは異例中の異例。
主演の永瀬正敏によれば、現地で会ったファンの中には、映画の半券14枚を貼ったノートを持参した筋金入りのリピーターがいたという。監督の話では20枚以上貼りつけた「KANO」ファンもいたというから尋常ではない。
日本人から教えを請い、それを受け入れ強くなる。自国の歴史を暗喩したようなストーリーに、台湾の若者たちはここまで熱狂した。ナインを演じるのは野球経験5年以上を条件に集めた演技未経験者たちだ。
どこかの国の映画のように野球素人の人気アイドルを並べるようなキャスティングではない。それなのにこれほど愛されている意味は重い。
そんな部員役の面々は、撮影中、雨の日も朝練を欠かさず、全員で体を鍛え続けた。毎日、監督役の永瀬が撮影を終え現場を去ろうとすると、全員が駆け寄り整列し、最敬礼して見送ったそうだ。他の国の現場では考えられない礼儀正しさだ、と永瀬も絶賛していた。
そうした現場の空気と野球技術はおのずと映像にも反映されるもの。「俳優が選手に見えない野球下手では嫌だ」、「高校球児たるもの礼儀正しくなければ」といったコアな野球マニアの鑑賞にも堪える、数少ない野球映画の登場だ。
◆次回は秋本鉄次氏です
◆プロフィール 前田有一(まえだ・ゆういち) 1972年生まれ、東京都出身。映画評論家。宅建主任者、消費者問題などを経て現在の仕事につく。自身のサイトである「超映画批評」( http://maeda-y.com )では幅広いジャンルの作品を解説している。