「土用の丑の日」の「うなぎ狂乱」で、とうとう犠牲者が出た。
横浜市保健所は7月29日、土用の丑の日にあたる7月24日と翌25日に市内の京急百貨店「日本橋鰻伊勢定」で販売された「うなぎ弁当」「うなぎのかば焼き」などを食べた計130人が下痢や嘔吐などの症状を訴え、うち5人の便から黄色ブドウ球菌が検出された、と発表した。
ほとんどの客は軽症かつ症状が落ち着いているが、経過観察が必要な2人が入院、90代の女性1人がうなぎ弁当を食べた後に嘔吐などを発症して救急搬送され、その日の深夜に亡くなった。この90代女性には持病があり、市保健所は「食中毒との因果関係は不明」としている。
土用の丑の日にだけ、うなぎを求めて長蛇の列を作る光景は異常と言っていい。客が殺到すれば当然、焼きやご飯の冷ましも疎かになる。食中毒を起こした百貨店にも老舗鰻店にも、同情の余地はある。
しかも老化で消化機能が落ちている80代以上の超高齢者に「土用の丑の日だから」と普段食べつけない、消化の悪いうなぎを食べさせること自体が、体調不良のもと。
今回、不幸にも亡くなった90代女性の詳細は不明だが、高齢者にうなぎを食べさせると消化に時間がかかるため、胃の中に食べ物が長時間残留し、嘔吐物が肺に詰まる窒息死のリスクが高くなる。うなぎは脂溶性ビタミンAを多く含んでいるため、脂溶性ビタミン中毒になることもある。
国立がんセンターや公立病院では、がん手術後の患者や幼児、高齢者向けに「消化のいい食事」「消化の悪い食事」の一覧表を作って注意喚起しているが、うな重やうなぎ弁当の付け合わせの大根の漬物やごぼう、にんじん、レンコンのきんぴらなどの根菜も、消化の悪い食材の代表。こうした根菜を消化しきれず、腸に詰まって死ぬこともある。
自由に食事を摂れなくなった高齢者に「うなぎ弁当」や脂身の多いハマチ、ブリやトロの「握り寿司」を勧めるのは、ただの「家族の自己満足」にすぎない。
都内の大学病院に勤務する医局長が、ため息をつく。
「この季節になると『8050問題』を抱える中高年親子が、病院のベッドを占領します。80代や90代の老親の食欲が落ちたというだけで救急車を呼ぶ、50代60代の同居家族が増えるからです。『もう80代、90代ですから、年齢相応の老化です』『もう数年前から体力は落ちてますよね』と説明し、点滴して自宅に帰るよう促しても、キレる中年息子、中年娘だらけ。今や入院患者数の60%超は、後期高齢者です。救急医療や難病患者を救うために大学病院を志したはずが、高齢者介護とモンスター家族の対応ばかりで若手医師や若手看護師がモチベーションを失い、退職していく『二次被害』が、どこの大学病院でも起きています」
筆者も経験があるが、病院や介護施設にひょっこり現れた娘や息子、孫が職員の目を盗んで、寝たきり高齢者の口にうなぎや寿司を詰め込む「窒息事故」が起きるのも「土用の丑の日」恒例の光景だ。家族に何度注意しても「うなぎや寿司を食べさせて元気になってもらいたいだけなのに、なんで怒られるのか」とサメザメと泣き出し、果ては逆ギレする。同じ日本語を話しているはずなのに、会話が全く通じない絶望感…。
あと2週間もすれば旧盆がやってくる。お墓参りや法事の際は、墓石に記されたご先祖様の「享年」を確認して、どうか人間の老いと寿命に向き合ってほしい。
(那須優子/医療ジャーナリスト)