動物写真家・岩合光昭の「世界ネコ歩き」のパリ篇には、冒頭で住宅街の路上に佇む猫が登場する。飼い猫か地域猫か野良猫かはわからない。それも4匹。今となっては…という言い方が正しいかどうかだが、ある意味、衝撃的だ。今はパリの街を歩いて、路上で猫を見かけることはほぼないからだ。
この10月、競馬の凱旋門賞観戦などでパリに7日間滞在した折に、市内中心部はもちろん、郊外でも地域猫、野良猫は1匹も見かけなかった。唯一、目にしたのは、オペラ座横で物乞いの老女が飼っていた2匹の猫(写真)。撮影しようと猫にスマホを向けると、老女は素早く毛布をかけて隠してしまった。老女の傍らには紙コップが置いてあった。はは~んと気が付き、ポケットから2ユーロ硬貨を取り出して紙コップの中に入れると、老女はすぐさま毛布を取って、ニッコリ微笑んでくれた。
2匹の猫は写真を撮ろうとしてもこちらを向くでもなく、鳴き声ひとつ出さない。頭を撫でても、ほとんど反応しない。体を寄せ合って眠っている姿を見たら、なんだかかわいそうになった。
犬は街のあちこちで見かける。メトロの車内で座り込んで大人しくしている犬、カフェで飼い主が食事しているのをジッと待つ犬…。
出かけるたびにお世話になっている猫好きのマダム悦子さんに、なぜパリで野良猫を見かけないのか、知人の墓参りでモンパルナス墓地を歩いている時に質問してみた。
「ここにはかつては、野良猫が何匹もいたのよ。かわいそうだからご飯をあげる人がいたし、それをやめさせようという人もいて、住民の間ではけっこう大きな問題になっていたの。ところがある時から、猫の姿をいっさい見かけなくなってね。みんな、どうしちゃったのかと…」
住民から苦情が出る、パリ市の担当者が対応策を練る。それを境にパリの街角から野良猫がパタッと消えてしまったとしたら、考えられるのは…。この先はご想像にお任せするしかない。
ただし、日本と異なるのは、そんなパリではアパルトマンでペットを飼うことができる。ペットがいることを理由に入居を断ることを禁止しているというし、実態は飼うのが当たり前なのだ。アパルトマンには分譲と賃貸があるが、どちらもペット可。パリ中心部に日本のような戸建てはほぼないから、市全体がそうなっていると考えていい。
日本では分譲マンションも賃貸マンションも、管理規約などで基本的に犬や猫を飼うことを禁止している。だが近年はペットを飼う人が増えて、分譲マンションでは管理規約を変更して、ペット可にしているところがある。賃貸の場合はペット不可がほとんどだが、可の場合は不可の物件よりも賃貸料を高く設定している。
日本でペット不可なのはなぜなのか。あるマンション管理業者が言う。
「基本は猫よりは犬を念頭に置いたものです。犬が散歩から帰ってきた時に汚れた足を洗う水場が必要だけど、水場がないとか、吠えるからうるさい、廊下などで危害を加える犬がいる、というようなことがネックになって、猫も含めてペット不可になったのが大きな流れです。猫は家で買うなら、爪とぎなどで家に傷ができるだけです。それも分譲なら所有者の問題。それなのにほとんどがペット不可になったのは、初めてマンションを買った人が引き渡しの時にペット不可を基本にした管理規約を渡され、そういうものだと思ってしまったり、ひとりだけ反対できないという集団心理が働いてしまっているから。今後は犬と猫は別に考え、今の時代に合った管理規約に変えるべきだし、実際に変更するマンションが増えています」
日本もパリ並みに猫を飼うことができるマンションが増えるかもしれない。
(峯田淳/コラムニスト)