この10月、競馬の凱旋門賞観戦などでパリに7日間滞在した折に気が付いた、パリの猫事情について、前回は「野良猫がまったくいない」ことを書いた。今回は別のエピソードを明かすことにしよう。
動物写真家・岩合光昭の「世界のネコ歩き」パリ篇に登場する猫たちはオシャレだ。大火で焼け落ち、修復中のノートルダム寺院が見える部屋で寛ぐ猫、シェイクスピアの店として知られる有名な本屋の窓際を伝うように歩く猫…。パリの街並みを背景にした猫の佇まいは、優雅という言葉がピッタリする。
そんな猫ライフをたまたま体験できた有名人のひとりが水谷豊さん。まさに偶然の産物だった。パリ滞在時にお世話になったマダム悦子に再びご登場いただく。
2015年に浅田次郎原作の映画「王妃の館」が公開された。ルーブル美術館、セーヌ川などパリの名所で撮影が行われ、ヴェルサイユ宮殿の休日に、宮殿を一日貸し切って撮影されたことで当時、話題になった作品だ。撮影は公開の前年夏に行われた。
この時、水谷さんと共演女優らがモンパルナス墓地の近くで食事をし、その後、墓地を見て回る予定になっていた。モンパルナス墓地にはサルトルとボーヴォワール、ボードレールなど大作家らのお墓がたくさん並んでいる。それらを見て回ろうというわけだ。ところが、にわか雨が降り出した。近くで雨宿りできないか…。
マダム悦子はメディア関係のコーディネーターを長年やっている。自宅が墓地の近くにあることを知る関係者から連絡があり、一時、自宅を提供することになったという。
「水谷さんと女優さんがやってきて、ちょっとの間、ウチで雨宿りすることになったの。水谷さんの、パリの普通の家を見てみたいという希望もあったみたいね。水谷さんは『へええ、これがパリのアパルトマンの生活ですか』って喜んでいました。私は猫が好きでずっと飼っていて、その時にいたのは3匹目のエキゾチックショートヘアの猫(こ)でした。猫を見つけた水谷さんが嬉しそうに『かわいいねぇ』と抱っこしてくれたんですよ」
マダム悦子がそう言って回想する。眼鏡をかけた水谷さんが満面の笑みで猫を抱っこしている写真を見せてもらった。にわか雨のおかげでパリの一般家庭の生活や猫の姿を垣間見ることができ、水谷さんは大満足だった様子。しばらくすると雨はやみ、水谷一行はモンパルナス墓地へと向かったそうだ。
マダム悦子宅にお邪魔した時、その猫はリビング横のソファーで眠っていることが多かった。撫でるとうるさがるが、すぐに慣れて、客の傍らで静かに眠っている猫だった。
マダム悦子はその後、郊外に引っ越したが、3匹の猫の写真は今も部屋に飾られている。ちなみに、水谷さんが抱っこした猫はワケあって、今はよそで飼われている。
パリの猫にとって環境の変化が訪れるのは、夏のバカンスシーズンだ。
「8月になると1カ月くらい家を留守にする人が多いでしょ。犬を飼っている人は車に乗せて連れていくけど、猫はそういうわけにはいかないから、バカンスに出かけない友人らに預けていくの」
マダム悦子も今年の夏、スフィンクスという体毛がない種類の猫を、友人から1カ月間、預かった。
「珍しい猫ちゃんのせいもあるのか、隣りで飼っている猫がやってきて、一緒によく遊んでいたわ。1カ月も一緒にいると、連れ戻しに来た時、本当に寂しくなるのよね」
猫がそんなに自由に出入りしたら、脱走するのではないかと勘ぐってしまう人もいるはずだ。そこは日本と事情が異なる。今住んでいる棟が並ぶ集合住宅は周囲が高い塀に囲まれ、飛び越えることができない造りになっている。扉も頑丈にロックされている。パリに限らず海外はどこもそうかもしれないが、出入り口の扉は寸分も遊びがなくてカチッと閉まる。
パリの猫事情のほんの一例だ。
(峯田淳/コラムニスト)