筆者が芸能担当記者時代、直撃取材を数十回はやったと思う。その中で最も緊張したのが、落語家・立川談志の直撃だった。もう40年ほど前のことだ。
自身の経験が浅かったし、なにより「気が短い」「荒っぽい」という談志へのイメージがあり、緊張感や恐怖感は増幅した。
直撃のテーマは女性問題。某有名大物女優との噂について聞いてくる、というものだった。談志はフェリーで大島を出て夜に東京・竹芝桟橋に到着する予定で、そこで待ち構える手はずになっていた。相手を怒らせる要素が満載である。
フェリーはほぼ予定通りに到着。数分すると、関係者と談笑しながら降りてくる談志の姿が見えた。一緒にいたカメラマンはいきなりフラッシュをたいて、立て続けにシャッターを切った。これは談志がブチ切れるパターンだ…と覚悟を決めたのだが、談志はちょっと意外そうな顔をして「何かあったの?」と筆者に聞いてきたのだ。そこで女優との噂についておそるおそる尋ねると、
「ああ、あれはね、昔ちょっと面倒みたことはあったけど、そんなんじゃないんだよ」
なんと、淡々とそう答えたのだ。その間、カメラマンはフラッシュをたき、シャッターを切り続けたが、談志が全く気にする様子はなかった。
「肝が据わっている」とはこういうことなのか。緊張感と恐怖はどこかに吹っ飛び、取材後、談志の対応にちょっと感動してしまったのである。
(升田幸一)