「女性初のプロ野球選手」をご存知だろうか。1975年ドラフト1位で「東京メッツ」に入団し、「ストレート変化球」で打者を翻弄。男性に比べ球威はなかったが、制球力に優れる投球で、左のアンダースローのストッパーとして大活躍した。
そう、水島新司の野球漫画「野球狂の詩」に登場する「水原勇気」なのである。
漫画の世界とはいえ、キメ球の「ドリームボール」で、当時の田淵幸一、若松勉、衣笠祥雄、谷沢健一らセ・リーグの強打者を次々と仕留めていく姿は圧巻だった。彼女の姿を見て、なぜ左投げアンダースロー投手が現実のプロ球界にはいないのか、疑問に思った人は多いのではないか。
アンダースローとは、投手の手から球がリリースされる時に、腕が水平を下回る角度にある投法のことをいう。日本では通算284勝の阪急ブレーブス・山田久志や、西武の黄金時代を支えた松沼博久、2000年以降では、ロッテの渡辺俊介や西武と楽天で活躍した牧田和久らがアンダースロー投手として活躍しているが、いずれも右投げであり、左投手はひとりもいない。
そもそもアンダースローは、球速がさほど速くないことに加え、走者を背負った際のクイックモーションやフォークボールを投げることが難しく、相対的に打者有利となる。さらに左投げともなれば、その数が多い右打者から球筋が見やすいという、致命的な欠陥を抱えることになる。わずか一球が命取りになりかねないプロの世界で、左投げのアンダースロー投手が現れないのには、このような理由があったというわけだ。
もっとも、アマチュア野球界ではまれに、左投げのアンダースロー投手が登場する。
昨年6月に行われた全日本大学野球選手権の1回戦、8回途中から4番手としてマウンドに上がった広島経済大学の根本大誠投手は、地面ギリギリから球をリリースし、投げ終わった後に一塁方向に大きくジャンプする独特な変則投法だった。さながら水原勇気のような投球スタイルなのだが、残念ながらこの時は打者1人に対し、ライト前に運ばれ、すぐに交代している。
今年9月に開幕した秋の東都大学リーグ、亜細亜大学VS東京農業大学では、亜細亜大の2年生・安井勇有心投手が、左からのアンダースローを披露し、神宮球場のスタンドがどよめきに包まれた。
6回裏途中、一死二塁の場面でリリーフ登板すると、左打者2人を三塁ゴロと三塁ライナーに打ち取り、失点ゼロで切り抜けた。打者はいずれも、見たことがない角度からの投球に明らかに戸惑い、バットを当てるだけのスイングになっていた。
どうやらアマチュア野球界ではまだまだ、チャレンジ精神旺盛な選手がいるようだ。
近年のプロ野球は左打者の割合が増え、歴代の首位打者はセ・パともに左打者が多数を占めている。
であれば、だ。むしろ今の時代だからこそ、左のアンダースローが求められているのではないか。誕生すれば、かつての山田や渡辺のような活躍が期待できるかもしれない。そして近い将来、リアル「ドリームボール」が見られると…。
(ケン高田)