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江戸のメディア王「蔦屋重三郎」の秘された正体〈江戸文化の黒幕〉蔦屋なくして「ウタマロ」は後世に知られなかった

 寛政の改革という受難の時代にあっても、蔦重はめげることはなかった。出版人として「次の手」に打って出る。新たなビジネスチャンスと目を付けたのは、〝浮世絵〟であった。

 もちろん、これまでの蔦重の仕事がそうであったように、決してオリジナルというわけではない。すでに浮世絵自体は存在し、評価を受けていたのだ。また、北尾派の祖である北尾重政など大物絵師ともすでに仕事で知己を得ていた。

 では、蔦重は浮世絵のどこに目を付けたのか。それはズバリ、知られていない才能ある浮世絵師を世に送り出すことであった。

「喜多川歌麿と東洲斎写楽、この2人は蔦重のもとで大きな影響を受けています。特に、歌麿には何度も仕事を依頼して、彼のデッサン力を上げることに貢献しました。京伝がそうであるように、歌麿も蔦重が育てようとしていたことが、はっきりとわかります」(増田氏)

 言わずもがな、歌麿と写楽と言えば、現在、最も著名な浮世絵師である。写楽の正体については諸説あるが、著名であることは間違いない。一方、歌麿は北尾重政の弟子であり、そこで蔦重と知り合った可能性がある。つまり寛政の改革以前から関係が続いていて、早くから蔦重は歌麿の才能を見抜いていたのだろう。

 前出・増田氏が歌麿の才能を見出したことは、「蔦重の出版人としての慧眼」と評するように、この時期の蔦重は儲けに走るだけでなく、次世代を担う人材を発掘し磨くことを、みずからの使命としていたのかもしれない。

 もちろん、歌麿にただただ多くのチャンスを与えていただけではない。きっちり商機も逃さなかった。のちに歌麿が描いた絵入狂歌本を刊行して大好評を博すことになるのだ。この利益によって、財産を半分没収された蔦重の台所事情を改善させることに貢献。歌麿は蔦重の恩に報いたのだった。

 そして、写楽もまた蔦重との出会いがあって、あの有名な作品群を生み出すことになる。彼の初期作品である28 枚の役者絵だ。今でも、多くの人があの独特な迫力に驚くが、江戸時代の人も例外ではなかったようだ。写楽の役者絵は評判を呼んだのだが‥‥。

「売り上げ自体は上がらなかったのです。写楽は蔦重の経済事情に貢献することはできませんでした」(前出・増田氏)

 どうやら斬新すぎる画風、デフォルメされた役者の顔を受け入れられない層もいたようなのだ。その傾向は長らく続き、写楽の「芸術性」はなかなか日の目を見ることはなかった。

 しかし、潮目は予想外のところで変わっていく。

「日本ではなく、海外で高く評価されたのです。これは歌麿の春画もそうですが、海外の高評価が逆に日本に入ってきて、彼らの浮世絵師としての地位が固まっていった。その意味で、蔦重は日本の芸術を世界に広めることに、多大な貢献をしたと言えるでしょう」(前出・増田氏)

 現在も日本が世界に誇る「ウタマロ」は、蔦重なしには存在しなかったということになる。現代の日本史教科書だって、文化史の記述は異なっていたはずだ。

 しかし、こうした栄誉を生前の蔦重が受けることはなかった。47歳の時に脚気で亡くなっており、歌麿や写楽との共同作業は、いわば晩年の仕事であったのだ。そして、晩年の蔦重は2人以外にも多くの才能を見出していた。

「葛飾北斎も蔦重の生前には芽が出ませんでしたが、大いにプッシュしていたのは事実です。また、曲亭馬琴には大衆向けの黄表紙ではなく、彼に合った読本を書くように勧めていたのも蔦重でした。さらに上方から来た(浄瑠璃作家の)十返舎一九を、蔦重は耕書堂で雇って、ほどなくして2作、3作と書かせているのです」(前出・増田氏)

 のちに馬琴は、現在も読み継がれている「南総里見八犬伝」を書き上げる。また、一九は「東海道中膝栗毛」を著したことで知られている。ただ、いずれの大作も蔦重自身が読むことはかなわなかった。仮に、もう少し蔦重が長生きしていたら、偉大な絵師や文豪を世に出した仕掛け人として評価されていたに違いない。

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