海底4000メートルの深海。そこに広がるのは文字通り、光など全く届かない暗黒の世界だ。ところがそんな暗黒の世界で、酸素を生成している可能性があることが、研究によって明らかになった。場所は太平洋のクラリオン・クリッパートン海域。ここにジャガイモほどの、小さな謎の金属岩が存在する。この岩こそが、4000メートルの深海で酸素を作り出しているというのだ。
この海域ではかねてから、岩石塊に豊富に含まれるレアメタル、つまりはマンガンや銅、コバルト、ニッケルなどの採取目的で、頻繁に探査が行われていた。
英スコットランド海洋科学協会のアンドルー・スウィートマン教授らによる研究チームは当初、この岩石塊そのものが電荷を放出し、電気分解により海水を酸素と水素に分解し、マンガンやコバルトなどを生成していると考えていた。
ところがその後の分析により、マンガンやコバルトの生成にはこの岩が持つメカニズムではなく、「暗黒酸素」が関わっている可能性が浮上する。暗黒酸素とはいわば、ありえない場所に存在する酸素を意味するのだが、これが事実であれば、酸素が太陽光からの光合成によってのみ作られるという科学の常識を、根底から覆すことになる。
そして2024年7月に発表されたこの研究結果は、これまでの海洋生物学の概念を大きく変えたのである。
言うまでもなく、酸素の生成には太陽光の継続的なエネルギーが必要となる。ところが4000メートルの深海に、光は全く届かない。つまり理論上、そこに酸素など存在していないはずである。科学ジャーナリストが解説する。
「ただ、水中で生きる微生物の中には酸素を生成する者もいて、おそらくはこれらの微生物が、光がなくても分子を生成できる仕組みを進化させた可能性があり、この微生物が酸素を使って、水中のメタンをエネルギーに変えていたのではないかと。今回の研究分析により、その可能性が裏付けられる形になったというわけなんです」
この発表に対し、ボストン大学の微生物学者マーロウ氏も「この理論が正しければ、酸素がどこでどのように作られるかに関する従来の理論が完全に覆る」との談話を発表。さらに米航空宇宙局(NASA)も「太陽光が届かない地球以外の惑星で生命が維持できる可能性を探る役に立つかもしれない」と強い関心を示している。
スウィートマン教授は日本財団と英スコットランド海洋科学協会の全面的なバックアップにより、海底での暗黒酸素の生成に微生物反応が関わっているかどうかの解明も目指すとしている。
たった1個の金属岩から始まった研究が今、科学の概念を変え、宇宙における生命維持分野にまで広がろうとしている。
(ジョン・ドゥ)