2月25日に発生した大阪・梅田の繁華街での事故は、2人が死亡、9人がケガをするという痛ましい結果になりました。ご存じのとおり、51歳の働き盛りのドライバーが運転の最中に、急性心疾患で意識を失い、乗用車が暴走。甚大な被害となった事態に衝撃を受けた読者も少なくないでしょう。
運転中の突然死の原因は、今回のような心疾患と、脳疾患に大別されます。
記憶に新しいところでは、2012年10月に、愛知県で生徒と教師を乗せたバスの運転手が走行中にくも膜下出血が原因で死亡。そのままバスが市道から転落し、39人もの教師と児童がケガをするという事故も起きています。
では、「大動脈解離」などの急性心疾患と「くも膜下出血」などの急性脳疾患では、どちらが怖いでしょう。
梅田の事故は司法解剖の結果、ドライバーの死因は心臓の機能が急激に低下した「大動脈解離による心タンポナーデ」だったそうです。聞き慣れない病名ですが、この病気は3層構造である動脈の血管のうち、いちばん内側にある内膜が裂け、中膜と外膜の間に血液が流れ込み、血管が裂ける病気です。最終的に血液が心臓の周辺を圧迫し、心臓の動きが低下し、死に至る恐ろしい病です。
動脈の疾患では、大動脈瘤という病名はなじみがあると思いますが、こちらは小さい風船に空気が入り破裂するように、動脈が部分的に大きくなるものです。血管の構造が保たれたまま瘤状に膨らむのが真性大動脈瘤で、膨らみが3センチ以内なら「経過観察」、5センチ以上になると「手術しましょう」などと、破裂する以前に触診やエコーで発見することが可能です。ところが大動脈解離は何の予兆もなく突然発症します。
亡くなったドライバーは今年1月に10キロマラソンを完走するなど、高血圧気味だったようですが、おおむね健康だったそうです。しかし大動脈解離は「健康な人に訪れる突然死」であり、発見は容易ではありません。実際、梅田の事故では、ドライバーの遺体の損傷がなかったことから死因が特定できましたが、原因不明の交通事故には、大動脈解離などの急性心疾患で亡くなったケースが潜在的に多いと思われます。有名人でも、昨年末にゴルフ中に胸の痛みを訴え緊急搬送された笑福亭笑瓶さんや、大木凡人さんも昨年この病気になっています。06年には加藤茶さんが10時間以上の大手術で一命を取り留めるなど高齢になるほど、発症する人が多いのが特徴です。
九死に一生を得た笑瓶さんは「(発症前の)ここ数日、腰が張っていた」そうですが、腰痛との因果関係もはっきりしておらず、詳しいことがわからない病気です。対するくも膜下出血などの急性脳疾患は、激しい頭痛などの兆候がありますし、脳ドックで検診すれば発症前に兆候を発見することができます。脳梗塞も軽い症状が兆候として現れます。
しかし、大動脈解離だけは突然発症するため、極端な話、前日に人間ドックを受けていても兆候を見つけることは不可能に近い。しかも発症すると8~9割が死に至ります。
ただ、まったく予防法がないとは言い切れません。一般的に大動脈解離は高血圧だとなりやすいと言われています。動脈硬化のリスクを避けるため、血圧をしっかり管理して太りすぎないようにすることが、予防につながると言われています。昨今、多くの高齢者は、突然ポックリと亡くなることをよしとする風潮がありますが、大動脈解離こそ、れっきとしたポックリ死に至る病と言えるかもしれません。
■プロフィール 秋津壽男(あきつ・としお) 1954年和歌山県生まれ。大阪大学工学部を卒業後、再び大学受験をして和歌山県立医科大学医学部に入学。卒業後、循環器内科に入局し、心臓カテーテル、ドップラー心エコーなどを学ぶ。その後、品川区戸越に秋津医院を開業。