1月6日、7日のサンクレメンテ会談が終わった後、佐藤総理ら代議士、新聞記者団を含めた全員が泊まっている宿舎に、ニクソン大統領はじめ、アメリカ政府の要人たちがやって来た。そこで記者たちは、田中と福田の違いをまざまざと見せつけられることとなる。
田中系、福田系の1、2年生議員が、あわよくばニクソン大統領と握手でもしている写真を撮れれば、とニクソン大統領や閣僚たちの周りをうろうろしていた。彼らと握手している写真が撮れれば、次の自分の選挙に、この上なく役に立つ。後援会や地元の有力者に対しても、自分の株を上げることができる。
福田は、アメリカ側の閣僚たちと和気あいあいの雰囲気で肩を叩き合い、「やあやあ」と言いながらも、自分だけがカメラに収まっている。
ところが田中は違っていた。自分が面倒を見ている1、2年生議員を次々と、ロジャーズ国務長官やコナリー財務長官といった閣僚の元へ連れて行き、できもしない英語で紹介する。
「ハロ、ミスター・ロジャーズ! ヒー・イズ・ケイワ・オクダ!」
そうして握手をさせると、その議員の秘書、あるいは自民党お抱えのカメラマンに、確実に写真を撮らせる。こまめに、子飼いの議員を入れかわり立ちかわり連れて行く田中の姿は、記者たちに強い印象を残した。
それは、ニクソン大統領が私邸に佐藤以下を食事に招待した時にも続いた。
ニクソン大統領の私邸での食事では、全員が1カ所に集まるスペースがない。テーブルはそれぞれが離れていて、1、2年生議員などはまったく蚊帳の外に置かれている。
田中は、その議員たちをわざわざアメリカ側の閣僚たちが座っているテーブルに連れて行き、紹介し握手をさせた。そして、きちんと写真を撮らせた。それも、1人の閣僚とだけではなく、次々と連れ回した。
同行した記者は唸った。
〈やはり、こういう真似は、叩きあげの苦労人じゃないと、とてもできない。だからこそみんな“この人のためにひと肌脱ごう!”と、本気になるんだな〉
記者は、田中と福田の金の使い方の違いにも、改めて思いを馳せた。
福田は、世田谷区野沢の私邸に子飼いの議員を呼びつけ、そして「これを持ってけ」という感じで、新聞紙に包んだ金を渡した。
福田は、それを“豪放”だと思っている。いかにも親分らしい、と。
しかし、相手の議員にしてみれば気持ちは複雑なはずだ。金は欲しい。しかし、「くれてやる」とばかりの態度で金を渡されると、ありがたいという気持ちよりも惨めさが先に立つ。
田中は、まったく違っていた。わざわざ自分で、子飼いの議員のところへ金を持っていく。もし自分が行けない場合は、先に相手に電話をかけて伝えた。
「使いの者に持たせるから‥‥」
どうぞ、頼むからもらってください、と言わんばかりだ。こうなると、例え同じ300万円でも、その価値は大きく違ってくる。
〈この調子では、次期総理は福田が本命どころか、逆転して田中になるかもしれんぞ〉
田中は、この時ニクソン大統領が困っているロッキードの売り込みについても、助け船を出していた。
「私は、先だって繊維の件も一発で片づけたじゃないですか。私の実力は、買って損はない。何でも言ってください」
田中は、すさまじい闘志を燃やしていた。
〈さあ、これから本格的な決戦だ!〉
作家:大下英治