9月26日、午後2時5分、迎賓館で第2回首脳会談が行われた。
周は冒頭、切り出した。
「外相会談における高島局長の発言は問題だ。日中国交正常化は、政治問題だ。法律論で処理しようとする人物を中国では法匪という。高島局長は法匪だ。あの人のいる限り、まとまる話もまとまらない」
田中は、色をなした。
「彼は私の忠実な部下だ。私の意を体して言っているのに、法匪とは何事だ! 彼は、条約上の条文解釈はこうだ、という発言をしただけだ」
周は、前日の田中の挨拶についても指摘した。
「昨日の夕食会で、あなたは『多大のご迷惑をおかけした』と言った。が、それは中国では、家の前の道路に水を打っている時、たまたま通りかかった女性のスカートにその水をかけてしまった場合に詫びる程度の言葉だ」
つまり、日中両国の過去に対するお詫びとしては納得できないというのだ。
田中は、苦虫を噛みつぶしたような表情になった。
周は、さらに続けた。
「日本は、わが国を長い間侵略した。国民は日本の軍隊によって蹂躙された」
田中は、言い返した。
「隣同士で息子と娘を結婚させようという時、相手の家の悪口ばかり言ってもしようがない。結婚する2人の将来のためにこれからどうやっていくか、ということを前向きに話し合わないといけないのではないか」
が、周はなおも執拗に日本を批判した。
田中は、眉間に皺を寄せた。
「そんな過去の話ばかりしに来たわけではない。明日からどういう歴史を切り拓いていくか、ということを話し合いに来たのだ。過去の話をしたらきりがない」
田中は続けた。
「あんた方だって、日本を侵略しようとしたじゃないか」
座は、水を打ったように静まり返った。
田中は冗談めかして言った。
「1200年代、2度にわたって元冠があった。風が吹いて上陸はしなかったけど、明らかに侵略の意図があった」
周は笑みを浮かべた。
「あれは漢民族じゃない、モンゴル人ですよ」
「ああ、それは失礼」
このユーモアたっぷりのトークに、緊張感で張り詰めていた座はなごんだ。
その夜、宿泊先に戻った田中は、同行していた秘書官らにぽつりと洩らした。
「これは、なかなか難しいな。簡単にはいかん。2週間後に双十節があるだろう。例えその日を越えてでも居座り、まとまるまでやるか。それとも、ケツをまくって帰ろうか」
双十節とは、10月10日の中華民国政府成立記念日のことである。
翌朝、田中は秘書官らに強い口調で言った。
「ここで俺がやらなかったら、日中関係はいつまでも不正常の関係が続く。絶対にまとめてみせる」
9月27日午後4時20分、第3回目の首脳会談が行われた。
田中は、周恩来を相手に1歩も引かなかった。
「中国の言い分もわかる。これまで数十年にわたって不幸な関係になり、隣同士で敵対してきた。しかし、今日から隣同士で仲良くしようと考え、私は中国に飛んできたんだ。私の背後には、反対派というのもずいぶんおる。日本に帰ったら、あるいは私は殺されるかもしれん。それほどの決死の覚悟で来ているんだ」
田中は、次第に興奮してきた。
「あなた方とこれから仲良くしようと言っている時に、言葉尻をとらえてスカートの水うんぬんを問題にするとは何事だ! そのことによって、全体の判断をまちがった方向に進ませることは絶対に避けるべきだ! 私が飛んできたということは、仲良くしようという表れじゃないか」
田中は、神妙な顔で周に水を向けた。
「太平洋戦争の時、私も二等兵で満州(現・中国東北部)にいた。私の鉄砲が、どっちに向いていたかはわかるでしょう」
「‥‥」
田中はニヤリとした。
「私の鉄砲は中国じゃなく、ソ連に向いておったんですよ」
一同は爆笑の渦に包まれた。
作家:大下英治