一方、小池は、ネーミング選定の段階から多くの人を巻き込もうと考え、「夏の新しいビジネス・スタイル」をテーマに地球温暖化防止キャンペーンの名称を公募した。ハガキやメールで約3200件もの応募が寄せられた。
選考の際、小池は、ただ1点だけ注文をつけた。
「『クール』という言葉だけは入れたい」
クール(COOL)には、「涼しい」の他に「格好いい」という意味がある。
「涼しくて、格好いい」
これこそ、小池の思い描いていたイメージであり、最大の戦略でもあった。
選考の結果、「クール」と仕事や職業の意味を表すビジネスの短縮形の「ビズ」を合わせた造語、「クールビズ」に決まった。
6月1日、「夏の軽装運動(クールビズ)」のスタートと同時に、小泉純一郎総理自らが沖縄のかりゆしを着用して、マスコミの前に登場してみせた。
「かりゆしウェアです。いいでしょ。ネクタイをしないだけで楽だね」
6月5日、「愛・地球博」会場内のEXPOドームで「COOL BIZ COLLECTION」が開催された。
最初に、若手社員2名がクールなスーツにノーネクタイのスタイルで登場し、続いて各社のトップが登場した。
まず最初に、オリックスの宮内義彦会長が登場し、続いて、三越の中村胤夫会長や富士ゼロックスの宮原明相談役、三洋電機の井植敏会長、大林組の大林剛郎会長、大同特殊鋼の小澤正俊社長、中部電力の川口文夫社長、ユニーの佐々木孝治社長、昭和シェル石油の新美春之会長、東邦ガスの早川敏生会長、そして、松下電器産業の森下洋一会長が次々と登場した。普段は見ることができない各社のトップたちの姿に、会場には笑いや歓声が沸き、大盛り上がりとなった。
そし、最後には、スペシャルゲストモデルとして、経団連会長でトヨタ自動車会長の奥田碩と、阪神タイガースのシニアディレクターだった星野仙一が登場した。それぞれ黒と白のクール・ビズスーツをまとい、舞台左右から同時にステージへ登場した。
「まるで裸のように軽い」
奥田が感想を述べると、
「シャツ1枚で歩いている気がするくらい軽い」
と星野も、とても気に入ったようだった。
最後に小池がクールビズをPRして幕を閉じた。
「ファッションをきっかけにして、ライフスタイルを見直してほしい」
小池の戦略は大成功だった。「クールビズ」は、世の中に一大ブームを呼び起こし、この年の「新語・流行語大賞」のトップテンに選ばれるほどだった。
ファッションショーの開催から2カ月後の05年8月8日、小泉総理は衆議院を解散した。いわゆる“郵政解散”である。
この日、小池は解散のための衆議院本会議が始まるまでの間、自民党幹部と連絡を取り合っていた。
その幹部は、ため息まじりに言った。
「(造反組の)選挙区が、いっぱい空いてしまう。それを埋めるのは、大変だよ。あなたみたいな人が、どこかから出てくれないかな」
小泉総理は、郵政民営化関連法案の衆議院採決で反対した37人を公認しない方針を示していた。
幹部は続けた。
「あ、そうか、あなたは今回、兵庫から小選挙区で出るんだったよね」
阪上善秀とコスタリカ方式を取る小池は、前回の総選挙では比例に回った。今回は、小池が兵庫6区から立候補する番であった。
話はそこで終わったが、この夜、小池はいろいろと考えた。
〈下手すれば、民主党が勝ち、政権交代が起こるかもしれない。そうなれば、これまでやってきたことが、根幹からひっくり返ってしまう。そうさせてはいけない〉
小池は覚悟を決めた。
〈私自身が反対派の対立候補として起爆剤になろう。そうすることで、国民の共感を呼ぶことになるかもしれない〉
大下英治(作家):1944年、広島県生まれ。政治・経済・芸能と幅広いドキュメント小説をメインに執筆、テレビのコメンテーターとしても活躍中。政治家に関する書籍も数多く手がけており、最新刊は「挑戦 小池百合子伝」(河出書房新社)。