4月下旬、世界各国から認知症患者とその家族、専門家らによる「第32回国際アルツハイマー病協会国際会議」が京都で開催された。2025年には65歳以上の5人に1人、約700万人が認知症になる時代が到来すると言われる。その大きなきっかけとして「定年退職」が今、クローズアップされているのだ。
神奈川県に住む吉本昭さん(65)=仮名=は、謹厳実直を絵に描いたような元小学校校長。定年退職したのは4年前のことだ。ところが半年ほどして、様子に変化が表れたという。美幸夫人(60)=仮名=が言う。
「主人は鹿児島の大学を卒業して以来35年、ずっと教育者として生きてきました。現役時代は熱血で他の先生方からの信頼も厚く、校長になってからも子供たちが学ぶ楽しさを実感できるような学校にしたいと、それは一生懸命頑張っていました。校長時代は忙しい時間を縫って趣味の山登りに出かけたりと生活も充実し、『本当に教師という仕事を選んでよかった』が口癖だったんです。それが退職したとたん、燃え尽きたとでも言うんでしょうか、パタッと家から出なくなった。私の行動が気になるんでしょうね、やれ『どこへ行くんだ!』『誰と会うんだ!』と、まるで人が変わってしまって‥‥。ある日のこと、夕食に豚肉の生姜焼きを出すと『こんな脂っこいもの食わせやがって、俺を殺す気か!』と。声を荒らげたことなんて一度もない人でしたから、本当に驚きました」
吉本さんはどんどん無口になり、さらには怒りっぽく、感情をあらわにするように。美幸さんは吉本さんの弟に相談。医師のもとを訪ねると認知症専門医を紹介され、本人を受診させた。すると「認知症の予備軍」と診断されたのである。
認知症というと「物忘れ」など記憶力に影響が出る、というイメージが一般的だが、実は初期にはさまざまな兆候があり、知らずに放置したことで急速に症状が進行することが少なくない。
「そういった兆候が見られ始めるのが60代以降で、特に男性の場合は定年を迎えたあとが多い。これは仕事を辞めたことで生きがいを失ったり、日常生活のサイクルが変化したことで認知症のスイッチが入ってしまったからです。認知症はいわば、脳の働きが枯れてしまう病気。脳神経学的に見ても、この年齢からは自分で意識して体と脳のハンドルをしっかり握り、うまくコントロールしていかなければならないんです」
こう指摘するのは、先頃出版した「定年認知症にならない脳が冴える新17の習慣」(集英社)の著者で、脳神経外科専門医の築山節氏(現・北品川クリニック所長)だ。同氏によれば、脳機能は大きく3つの層に分かれており、
「第一層の脳幹は眠りと覚醒、心臓、呼吸、自律神経など生命の中枢で、生命の維持には必須の土台と言うべき機能です。第二層の大脳辺縁系には感情や欲望の中枢があり、脳幹と大脳辺縁系の上にあるのが理性の中枢である大脳新皮質で、脳はこの三層構造で成り立っているんです」
認知症とは、この三層が何らかの原因により異変が生じ、それによって機能しなくなる状態を言う。