「阿部慎之助の冠王は“根拠野球”の成果です」
「名将いるところに名参謀あり」。この格言はプロ野球の世界にも当てはまる。表舞台で華やかな脚光を浴びる監督の陰で集団を勝利に導くコーチは、まさに「現代の軍師」なのだ。
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日本球界における名参謀の代表的存在と言えるのが牧野茂氏(1928~1984年)。65年から9年連続日本一に輝いた巨人でコーチを務め、川上哲治監督をして「牧野がいなければV9はありえなかった」と言わしめた。当時のG番記者が振り返る。
「牧野さんが日本の野球界に残した遺産はいくつもあります。例えば、キャンプでのチームプレーの練習を、頭も体も冴えているお昼前後にやることにしたのもその一つ。それ以前は一日の練習の最後に申し訳程度にやるのが普通でした」
70年代末から80年代にかけて実績を築いたのが、同じくV9巨人の一員だった森祇晶氏(75)。広岡達朗監督の下でバッテリーコーチを務め、ヤクルト、西武で3度の日本一を経験。その後は監督として、日本シリーズで通算6度の優勝を果たした。両者の共通点についてスポーツライターの二宮清純氏が解説する。
「野球をよく知っていたのは当然ですが、見逃せないのは監督との相性。川上監督は、外様の牧野さんを生え抜きOBからかばい続けた。広岡監督も作戦面では森さんの意見を重視した。指揮官に部下を信頼して使い切る度量がなければ、名参謀も存在しえません」
指揮官に恵まれた参謀として最近の好例は森繁和氏(57)。04年から11年まで中日の投手コーチ、ヘッドコーチなどを歴任。この間リーグ優勝4度、07年には日本シリーズも制した。
落合博満監督からは、先発ローテーションの組み方、継投か続投かの判断など投手に関する采配を全て委ねられた。二宮氏がこう話す。
「口では『投手コーチに任せた』と言いながら、いざシーズンが始まると、投手コーチの意見を無視してローテーションを崩したり、リリーフを駆使する監督は何人もいます。森氏に直接確かめたことがあるのですが、落合監督に『こうしろ』と命じられたことは一度もなかったそうです」
今年の日本一チームである巨人にも、目立ちはしないが知略にたけた名参謀がいる。今季から戦略コーチを務める橋上秀樹氏(47)がその人。野村克也監督時代の楽天でヘッドコーチを務め、野村流の“配球学”をみっちり学んだ。今季はスコアラー登録だったためユニホームこそ着ていなかったが、チームへの貢献度は計り知れないものがあった。
「たとえ見逃し三振でも、狙ったボールが来なかった結果であればOKという“根拠野球”を巨人に植え付けた。阿部慎之助が2冠王になったのは、その部分での効果が大きい。来季、どのような立場になるかはわかりませんが、今後も他球団にとっては大きな脅威でしょう」(二宮氏)
各チームでコーチ人事が固まるこの時期、参謀役の存在に注目してみると、来季の楽しみがもう一つ増えるだろう。