テリー 今や大仁田さんの代名詞になった「ノーロープ有刺鉄線電流爆破デスマッチ」は、何がきっかけで始めることになったんですか?
大仁田 テリーさんもご存じのように、あの頃の日のプロレスは、ジャイアント馬場さんの全日本プロレスとアントニオ猪木さんの新日本プロレス、この2団体しかなかったんですよ。だけど、この2つに満足できていない人が絶対いると思ったんです。
テリー ん? UWFとかはあったじゃない。
大仁田 あれは“プロレスの否定”だったじゃないですか。俺は逆に「プロレスは、もっとハジけていいんじゃないか」と思ったんです。イスを使おうが、何を使おうが、反則自由で派手に試合を見せていく。そういうところから考えていくとおもしろくなるな、と思いまして。
テリー なるほどねェ。
大仁田 それでアメリカでやっていた有刺鉄線デスマッチを発展させて、そこに電流を流して爆破したら、みんな驚くだろうな、って。テリーさんの「(天才たけしの)元気が出るテレビ!!」だって、そうだったじゃないですか。
テリー しかし、いきなり電流爆破って言っても、加減もわからないでしょう。あれは、前にテストしたんですか?
大仁田 やりましたよ。特殊効果の人がたまたまNHKで仕事をしていたので、NHKの駐車場を使わせてもらったんです。
テリー へえ、試合に関係ないNHKがよく貸してくれたね。
大仁田 もちろん内緒でやったんです。電流が流れてバーンと爆発したら、すぐ係員が飛んできたから、慌てて逃げました(笑)。
テリー ハハハ、よくやったね。
大仁田 その時、頭にふっと「ノーロープ有刺鉄線電流爆破」という言葉が浮かんだんですよ。
テリー いや、インパクトのある、実にいいタイトルだよね。最初の試合はどこでやったんでしたっけ。
大仁田 最初の試合は汐留ですね。まだ周りに何もない頃で、相手はターザン後藤でした。
テリー 後藤さんは電流が流れること、知ってたの?
大仁田 いや、知らないです(笑)。
テリー それこそ「聞いてないよ!」みたいな状態じゃないの(笑)。
大仁田 まあ、喜んでやったってほどではないでしょうけど、とにかく団体(FMW)が潰れるかどうかの瀬戸際でしたから。
テリー まあ、結果として試合は大盛況だったから。
大仁田 運もよかったんですよ。ちょうど試合日に台風が来てて、野外から屋根の付いた会場へ移動したんですよ。屋内なので爆発音が反響して、試合の迫力がより増したんです。
テリー 邪道が王道を超える話題を作った瞬間だね。その後も、やる試合はずっと夕刊紙の1面を飾っていたじゃないですか。「今までとは違う、新しいプロレスを生み出した」みたいな感覚はあったんですか?
大仁田 いやァ、ないですね。いまだにそうなんですが、いつも「この野郎!」「邪道のどこが悪い!」という気持ちでやっているだけです。世の中って「モラル」なんかを大事にして、常にキレイにしていようとするじゃないですか。そういうことに対するアンチテーゼ、反発心が、俺のエネルギーなんですよ。