10代でデビューすることも珍しくない女性芸能人。若いうちから大人に交じって働き始め、スケジュールの都合で学校にも行けず、いつの間にか周囲から浮いた存在に‥‥。特に学生生活は暗黒になりがちだ。
8歳で子役事務所に所属し、12歳で子供番組「おはスタ」(テレビ東京系)にレギュラー出演した松岡茉優(28)。高校時代には友人が1人もいなかったことを22年9月に「櫻井・有吉THE夜会」(TBS系)で告白している。芸能評論家の平田昇二氏が明かす。
「昼休みに誰もいない階段やトイレで食事をする“ぼっち生活”を送っていたけど、ぼっちがバレないように教室の窓際で安部公房の小説を読んでいた。『1人が好きな一匹狼キャラだと見てもらえる』と考えたわけです。ただ、そうしたぼっち生活は、高校3年の秋まで続いたみたいです」
10歳の時に「東宝シンデレラオーディション」のニュージェネレーション賞を受賞し、芸能界入りした浜辺美波(22)も思い出が少ない中学生時代を送った。
映画「思い、思われ、ふり、ふられ」(20年、東宝)の初日舞台挨拶で、出演者たちの中学生時代の写真を披露する企画の際、「当時の写真がなくて‥‥」と、思わず涙を流したことも。
「芸能界は突出した才能や個性を持つ人たちが競い合う場所。学校で自分のポジションを見つけるよりも大変な場所ですから、学校生活を楽しむ余裕はありません。東宝シンデレラオーディションの同期の上白石萌歌(22)や上白石萌音(25)などのライバルが身近にいて、学生生活を謳歌できる状況ではなかったのでしょう」(前出・平田氏)
中学生時代のイジメを著書「死ぬんじゃねーぞ!!」(文藝春秋)で告白したのが中川翔子(37)だ。アニメやマンガが趣味で、オタク気質だったことから不登校になってしまう。
「母親は麻布十番にある芸能人御用達の個性派スナックのママ。出版後のインタビューでは『不登校の間、母親が仕事から帰ってきたあと、ゲームをしたり、ブルース・リーの話をする時間がいちばん楽しかった』と語っています。何でも受け入れてくれる母親や身近に個性的な芸能人がいたことが、彼女を暗黒時代から救ってくれたのだと思います」(前出・平田氏)
“めるる”の愛称で今やバラエティー番組に引っ張りだこの生見愛瑠(20)は、モデルを始めたばかりの頃は人知れず苦労した。
「ファッション誌『Popteen』の専属モデルになった当初、読者の支持が得られず、編集長から『キミにはオンリーワンの価値がない』と言われて泣きながら帰ったこともあった。その後、自分の個性や、他のモデルとかぶらない着こなしを考えるようになったそうですから、ずいぶん努力したんでしょうね」(前出・平田氏)
ドラマ「ホリデイラブ」(18年、テレビ朝日系)で演じた“あざとかわいい”キャラが話題となり、人気女優の仲間入りを果たした松本まりか(38)も、ブレイクまでに時間を要した。
「デビューするも仕事がもらえず、声優の仕事にチャレンジするなど試行錯誤を繰り返していた。一時期は松田美由紀(61)の自宅に居候していたこともあり、松田のことを『第二の母』と公言しています」(前出・平田氏)
同じくブレイクまで時間のかかった壇蜜(42)は、当時の事務所と活動方針にズレがあった。
「乳首を見せる仕事も断らないなど、過激なグラビアも容認している事務所でした。それに加えて私生活での男性関係もうまくいかず、暗黒時代を過ごしていた。ただ、彼女は頭の回転が抜群によく、わずかなチャンスをモノにしてブレイクしました」(前出・平田氏)
芸能人にとっては、暗黒時代の経験もすべて“芸の肥やし”なのだ。