ガンと対峙した際、大きな問題は「死への恐怖」だ。わが国の医学界はこれまでガンを隠す(告知しない)ことで対応してきた。
この問題に取り組んできた岡山県倉敷市の「すばるクリニック」伊丹仁朗院長は、「死の恐怖はそのままにして、今日1日をどう生きるかという行動に取り組むことが大事である」と唱えた慈恵医大の故・森田正馬教授の療法をベースに「生きがい療法」を考案した。ガンや死の恐怖に対して上手に対処する5つのヒントを与え、その考え方を実践する学習法を指導している。
「生きがいを持つことで免疫力は高まり、NK細胞(ガンやウイルスを攻撃する細胞)が強くなるんです」(伊丹氏)
この生きがい療法の一環として30年前に行われたのが、ガン患者7人を連れてのフランス、モンブラン登山(4810メートル)だった。提唱した伊丹氏が当時を振り返る。
「登頂直前、夜明けとともに悪天候と化し、やがて猛吹雪になりました。私と7人の患者は、なんとか頂上直下の避難小屋に到着し、ここから3名の闘病者が猛吹雪の頂上に立った。下山に移った時には、稲光、落雪に襲われて死も覚悟しましたが、全員転げながらも下山に成功。奇跡的に避難小屋に生還できたんです」
男性4人。女性3人のメンバーは口々に避難小屋でこう語った。
「ガンで死ぬ前に、生きがい療法に取り組んでいる最中。ここで死んでも本望だ」
87年のこの快挙は世界中で話題になった。全員が登山の素人で、たった1年間の準備・訓練での快挙だったのだ。昨年その30周年集会に登山者4人が参加した。メンバー最高齢の高安正明さんは90歳を超えていた。胃ガンもモンブランの吹雪も乗り越えた彼は今、妻と自宅で悠々自適に暮らしているという。平均寿命などとうに越している。
愛知県岡崎市に住むシンガーソングランナーの杉浦貴之さん(46)は99年10月1日、28歳の時に進行の早い腎臓ガンが見つかる。医者は「余命は早くて半年。2年後の生存の可能性は0%」と宣告した。
手術、抗ガン剤の治療を受けるが、副作用がひどい。その中で彼は、「生きているだけですばらしい」と実感する。
「このままでは終われない。自分で作った病気は自分で治せる。絶対にこの病気を治してやる。自分の中にガンを治すスイッチが入ったんです」(杉浦さん)
杉浦さんはガンになった原因を探り、病気を治すため、本気で自分自身と向き合う。ありとあらゆる療法、健康法にチャレンジする過程で多くの人と出会い、生きる幅が広がっていった。そしてそれが健康につながり、ガンは消えたのだ。
杉浦さんは「日本がん治っちゃったよ協会」を立ち上げ、05年には命のマガジン「メッセンジャー」( http://www.taka-messenger.com/ )を創刊。曲も作り、みずから歌い始める。ガン宣告された時に病床で思い続けた、「完治してホノルルマラソンにも参加する」という夢も実現し、みごとに完走。結婚もし、子供もできた。
「たった1人の医師が言った“余命宣告”という時限爆弾をぶっ壊し、自分の、人間の可能性をとことん信じてここまでやってきた。あの日から12年。自分の限界を見切らない、常識にとらわれない、夢を追い続ける。こんなことを自分に言い聞かせながら、今まで自分で作った自分の枠をぶっ壊すことにチャレンジしてきた。今はメチャ元気。命はそんなにヤワじゃないです」(杉浦さん)
まさに「病は気から」を証明する熱情である。