自分のやることには、常に支持が集まるわけではない。厳しく批判する人、快く思わない人、陰口を叩く人‥‥。そのストレスをどうさばくべきなのか。
<まず実践があってこそ>
能(よ)く誦(しょう)し、能く言うこと鸚鵡(おうむ)もよく為(な)す。言って行わずんば何ぞ猩猩(しょうじょう)に異ならん(空海)
平安時代に私度僧(しどそう)(みずから僧侶になった者)として中国・唐に渡り、日本に密教を伝え、真言宗の開祖となった仏教界のスーパースター・空海の言葉。密教以外にも書や灌漑・土木技術などの知識を伝えた天才は、言うだけなら鸚鵡でも言うが、言うだけで行動が伴わなければ猩猩(猿に似た架空の動物)と変わらないと言ったという。実践を伴わない言葉はむなしい。真言とはそういう意味もあるのかもしれない。
いたずらにあかし暮らして、やみなんこそかなしけれ(法然)
浄土宗の開祖で、浄土真宗を開いた親鸞のお師匠さん・法然の言葉。ただなんとなく日々を送り続けることこそ、悲しい──という意味だが、夢や希望を持って日々努力せよと命令しないところが、法然上人の偉いところだと感じさせる。
<失敗ばかりの時に>
いまの一当(いっとう)は、むかしの百不当(ひゃくふとう)のちからなり、百不当の一老(いちろう)なり(道元)
曹洞宗の開祖・道元が、禅宗の修行を弓矢にたとえて、いま的を射た一当は、それまでの百回の失敗があり、百回の失敗は一当の価値があると説いた。失敗は成功のもと、失敗を恐れることはないと解すれば積極的な生き方ができるのだ。
貴きかな、茶や(栄西)
平安末期から鎌倉前期に活動した臨済宗の開祖・栄西は「喫茶養生記」を著し、日本に茶を伝えた茶祖としても知られている。誰にでも分け隔てなく茶を勧めたという「喫茶去」にも通じる茶の効用を説いた言葉。
<悪口を言われたら>
悪口は毒蛇と思え。受け取るな(蓮如)
室町時代に浄土真宗の本願寺を再興した浄土真宗中興の祖と言われる蓮如が書いた「御文章(ごぶんしょう)」の中に記された釈迦のエピソード。釈迦が弟子たちと托鉢していると町の人々から、何もしないで布施をもらって生きていると非難されるが、その非難の言葉を毒蛇にたとえた。悪口を受け取らなければ、その毒蛇は言った者が持ち帰らなくてはならない。悪口に惑わされず我が道を行けと説いたものだという。会社や地域の中でいろいろ言われても、自分が正しいと思うところを進んでいく勇気が湧いてくる。
石は玉を含む故に砕かれ、鹿は皮・肉の故に殺され、魚はあじわいある故にとらる(日蓮)
鎌倉時代、仏教の革新を進めたゆえに数々の弾圧・迫害を受けた日蓮宗の開祖・日蓮ならではの言葉である。出る杭は打たれるというが、そうした批判や弾圧に屈せず信念を貫くことを説いている。この言葉に続いて「女人はみめかたちよければ必ずねたまれる」ともある。
昨日は富みて、今日貧し(源信)
平安中期に優れた学才をもって「往生要集」を選集するなど、浄土教の礎を築いた源信の名句。
向谷氏はこう読む。
「うまくいかないのが人生。都合よくいかないからといって悩むことはない」
そう悟ればどんな窮地に立たされても肝が据わり、思い煩うこともないのだと説いているのだ。
人の身も応ぜざる荷物を持てば、身の船を覆すべし(沢庵)
分不相応な荷物を持ったら、命の船まで転覆してしまうということ。沢庵は江戸前期の臨済宗の僧で、幕府の政策を批判して出羽(山形県)に流罪になるなど、反骨の人だった。過労死や働き方の改革が叫ばれる昨今、考えさせられる一句ではないだろうか。
<うまくいかない時>
降れば濡れ、濡るれば乾く袖の上を、雨とて厭う人ぞはかなき(一遍)
鎌倉時代中期の時宗の開祖・一遍は伊予(愛媛県)に生まれ、念仏往生を説いて全国を遊行して、「人間は等しく救われる」と救済のお札と踊念仏で全国に信者を得た高僧。雨に降られたら濡れて行けばいいというこの言葉は、「あるがままを受け入れよ」と読み取れる。
災難に逢う時節には災難に逢うがよく候。死ぬ時節には死ぬがよく候(良寛)
良寛は江戸後期の曹洞宗の名僧。かつて新潟の三条で地震が発生した際に、死ぬ時は死ぬというふうに覚悟をすることが、災難を逃れる方法だと言ったとか。自然の力に逆らえないのなら、それを受け入れる気持ちを持つことで、不安から解放される。