食事を摂り、生命を維持するために必要な「噛む」という行為。健康な歯はそのために必要不可欠である。いや、それどころか、歯の状態は思いもよらない重大病の原因にもなるというのだ。その落とし穴がなんと、歯の治療そのものにあったとすれば──。
「いくら哲学者でも激しい歯の痛みは我慢できない」
これはイギリスの劇作家シェイクスピアの言葉である。さらに「人間は考える葦である」などの名言で知られるフランスの哲学者パスカルも虫歯に悩まされ、その痛みをごまかすために数学の難問に挑戦。あの「パスカルの定理」を発見したと伝えられる。
突然、口の中に走るズキッという痛み。歯科医院に行けば、あのキュイーンというドリル音が脳天を突き抜ける‥‥。それも虫歯の苦痛だ。
週刊アサヒ芸能は2018年7月5日号で、歯周病にまつわる恐ろしい現実を、現役歯科医の解説によってお伝えした。今回は虫歯治療編として、ぜひ知っておくべき裏事情を渾身レポートする。
皆さんは日本人の平均的な虫歯の本数をご存じだろうか。11年の歯科疾患実態調査(厚生労働省)によれば、30代前後で虫歯、あるいは虫歯などで治療した歯の平均本数は10本。これは先進国の中では、かなり上位に位置すると言われる。日本人は朝晩の歯磨きを欠かさない。だが歯周病だけでなく、虫歯でも群を抜いて多いのはなぜなのか。
このところ、すっかり元気がなくなってきた記者51歳。実は3カ月ほど前、右奥歯の痛みに耐えられず、近所の歯科を受診。「あぁ、虫歯ですね~、今のうちに削らないと大変なことになりますよ」との脅し文句に「じゃあ‥‥お願いします」と即答。治療の過程で「これは相当奥までいってますねぇ。神経も取っちゃいましょう」と言われ、結局、神経を抜かれてしまった経験がある。
ところが、である。
「虫歯を簡単に削ったり抜歯したりする歯科医は要注意。それが原因で虫歯以外の病気を発症させたり、最悪、命取りになる場合もあります」
そう警鐘を鳴らすのが「名医は虫歯を削らない」(竹書房)の著者で、小峰歯科医院(埼玉県・ときがわ町)理事長の小峰一雄医師。「歯を削ったり抜いたりせずに治療する」としてメディアでも話題の、カリスマ歯科医だ。
とはいえ、幼少の頃から「虫歯は削って治すもの」と刷り込まれてきた51歳。いきなり「虫歯が原因で命が危険にさらされる」と言われても、にわかには信じがたい。なぜ虫歯は削ってはいけないのか。と、その前にまずは、歯のメカニズムについて触れておこう。
人間の歯は中心部に「歯髄」と呼ばれる神経があり、その周りを柔らかい象牙質が覆っている。さらにその表面を守っているのが、硬いエナメル質の層だ。