当然、水分が通わなくなった歯は、しだいに枯れたような状態になり、立ち木の枝同様、何の前ぶれもなくポキンと折れる可能性がある。しかも歯を抜くとモノが噛みづらくなるため、必然的に噛む力は弱くなる。
「噛むという動作には脳、中でも記憶に関する働きに関わる海馬を刺激し、活性化させる大切な働きがある。つまり、噛む力が弱まり、回数が減るということは海馬への刺激が少なくなるため、認知症になったり身体能力が低下したり、さらには老化を早める危険性があるということです」
虫歯になり、歯を抜いたばかりに認知症になるとはたまったものではないが、実は、抜歯は突然死の危険をもはらんでいた。
「口の中にいる無数の菌が、歯を抜いた際にできた傷口から血液中に流れ込み、全身に回って菌血症になることがあるんです」
菌血症とは、臓器あるいは組織のどこかに細菌感染巣があり、その病巣から細菌が血液中に流出している状態を言うが、時として、これが髄膜炎や心筋梗塞、脳梗塞など、命に関わる病気を引き起こす場合もあるのだとか。
「3日以内に歯を抜いたなど、出血を伴う歯科治療を受けた人が献血できないのは、このためなんです」
確かに日本赤十字のウェブサイトには献血の際の注意書きとして、〈出血を伴う歯科治療(歯石除去を含む)に関しては、抜歯等より口腔内常在菌が血中に移行し、菌血症になる可能性があるため、治療後3日間は、献血をご遠慮いただいています〉という一文が明記されている。
そして抜歯後の大きな問題として、近年にわかにクローズアップされているのが「ボーンキャビテーション」と呼ばれる現象だ。歯を抜くと、その歯がもともと生えていた部分には大きな穴があく。だが人間には自然治癒力が備わっているため、徐々にその穴はふさぎ始める。
「ところが、歯を抜いた時に歯根(歯の根っこ)の周りを覆っている膜が残ってしまった場合、周囲の骨は『まだ歯がある』と勘違いし、穴をふさぐための自然治癒力を働かせなくなってしまうんです。結果、空洞が残ってしまう。これがボーンキャビテーションという現象なのです」
空洞にはたくさんの細菌が住みつき、どんどん増殖していくが、人間の体はある場所で細菌が一気に増えた場合、その細菌を攻撃すべく、白血球の内に顆粒球という細胞が大量に作られる。
「白血球には顆粒球とリンパ球があり、顆粒球は細菌類を、リンパ球はウイルスやガン細胞を攻撃する役割がありますが、顆粒球が大量に作られることで、リンパ球が減ってしまうんです」
結果、このことがガン細胞を増殖させ、ガンを引き起こす可能性があるのだ。
「実際、アメリカであるガン患者さんのボーンキャビテーションの治療を行ったところ、ガンが完治したという症例もあり、抜歯による細菌がガンになる可能性は否定できないということです」