夏の甲子園が第100回を迎える今夏から、延長戦での「タイブレーク方式」(延長13回から無死一、二塁で12回までの打順を引き継ぐ形で開始する)が導入されることになった。この制度によって延長戦での名勝負が生まれる可能性が極めて低くなったと言える。まして、このような死闘は…。
──その激闘が生まれたのは、2003年夏の第85回選手権の福井県予選1回戦。大野東と敦賀気比の一戦である。前者はまったくの無名校。かたや後者は94年夏に初出場を果たして以来、それまでに春1回夏4回の甲子園出場経験がある県内きっての強豪校だ。
戦前の予想は敦賀気比のコールド勝ちという見方が圧倒的なのも当然だった。だが、試合は大野東の予想外の健闘で4‐4のまま延長戦へ突入。11回表に大野東が1点を勝ち越すがその裏、敦賀気比もキャプテン・大瀬良直紀のソロで同点に。結局そのまま延長15回5‐5で引き分けたのである。
その翌日に行われた再試合。敦賀気比が2回裏に1点、5回裏に2点を取り主導権を握るも、6回表に大野東が反撃して一挙3得点。7回以降は大野東の三橋哲平と敦賀気比の一ノ瀬弘将が好投し、両軍ともに得点が出来なかった。またも延長15回3‐3の引き分け。こうして引き分け再々試合が実現したのである。
その翌日は雨のため、1日順延。仕切り直しとなった3試合目は史上初めての引き分け再々試合という熱戦となったため、県大会の1回戦レベルでは空前の取材陣がつめかけ、スタンドにも無名校の大番狂わせを期待する多くのファンが詰め掛けた。しかし、3試合目にして敦賀気比が強豪校の底力を見せた。6‐1で勝利し、ようやく決着をつけたのである。トータルの試合時間は8時間42分、足かけ4日、39回の激闘であった。
タイブレークが導入された今、都合39イニングに及ぶこのような名勝負はもう、見ることはできない。
(高校野球評論家・上杉純也)