坂本、長野とは対照的に、一軍に定着しても一人暮らしの許可が出なかった選手もいた。その一人が、今季、絶対的なセットアッパーとして活躍した山口鉄也(29)だ。
「山口はとても照れ屋でね。人の目を見て話すことができず、いつも下を向いているような男でした。私もよく『下を向くな!』と怒っていました。そんな気弱そうな男が、大観衆の前では自信あふれるピッチングを見せる。本当は気持ちの強い子なんだなと思いましたね」
私生活はいたって真面目。性格も素直で、樋澤氏を困らせるようなこともなかった。だが、その素直すぎる性格が早期の退寮を阻む結果となったという。
「山口は2年で退寮する予定だった。2年目の後半に活躍し、本人も一人暮らしを始めるつもりでいたようです。しかし、私は山口の退寮を許可しませんでした。山口は人がよすぎるので、誘われたらノーと言えない性格。門限のない生活を始めたら、間違いなく潰れてしまうと判断したんです。そこで『あと1年いなさい』と説得し、何とか本人を納得させました。今の活躍を見ていると、私の判断は間違っていなかったなと思います」
ちなみに、ジャイアンツ寮の門限は夜10時半。一軍の試合に出場する選手は、深夜0時近くに寮へ戻ってくる。全員が食事を済ませたあと、樋澤氏が寮の鍵を締めることになっていた。
「私が寮長の間、門限を破るような選手はいませんでしたね。ただ、選手には『俺に見つからなければ、門限を破ってもかまわない』と言っていました。その代わり、見つかったら覚悟しとけよとも言っておきましたが(笑)」
集団生活だけに、全員が優等生というわけにもいかない。中には酩酊状態で寮に帰ってくる選手もいた。そんな選手には容赦なく樋澤氏からビンタが飛んだという。
そんな“愛のムチ”を振るう樋澤氏が、「本気で殴った唯一の選手」がいる。05年高校生ドラフト1巡目で入団した辻内崇伸(25)である。
「辻内は私が寮長になって初めてのドラ1選手。彼が入団して3年たった頃かな。プロの水に慣れてきて、私生活がだらしなくなっていったんです。部屋やロッカーがとにかく汚かった。それで『ドラ1でも、そろそろ首筋が寒くなってくるぞ。ちゃんと野球に取り組みなさい』と注意したんです」
にもかかわらず、辻内の生活態度、練習への取り組みはまったく変わらなかったという。「再度呼び出して注意したら、ふてくされたような態度を取ってね。こっちもカーッとなって、本気のビンタを3発見舞ったんです。『お前のためを思って言っているのが、わからんのか!』ってね。故障者は外出できない決まりがあるので、故障続きの辻内はモヤモヤもたまっていたのでしょうがね」
その後、辻内の生活態度は一変した。今季は初の一軍昇格を果たし、来季の契約を更改。樋澤氏の叱咤がなければ、とっくに引退していたかもしれない。
樋澤氏が定年退職する際、辻内は「あのビンタ5発は忘れられません。ありがとうございました」と感謝の言葉を贈った。「こっちは3発のつもりだったんだけどね(笑)」
辻内のようにチームに残った選手もいれば、去っていく選手もいる。
かつて右のエースとして活躍し、昨年シーズン開幕投手も務めた東野峻(26)は今オフ、オリックスへとトレード移籍した。
移籍が決まった際、樋澤氏のもとに東野から「寮にいた3年間、ありがとうございました。必ず巨人を見返してやります」という、自身を鼓舞するような電話があったという。
「入ってきたばかりの頃、東野は打たれて降板すると、ベンチでまったく声を出さなかったんです。それで、『野球は1人でやるものじゃない』といった内容の手紙を渡したことがあるんです。のちに記者さんから聞いた話では、東野はその手紙を自室のドアに貼って、励みにしていたそうです。そんな思い出がある選手だけに、巨人を見返すつもりで頑張ってほしい。そして、将来は指導者として、チームに戻ってきてもらいたいですね」