一方、王貞治(72)は現役時代から気軽に声をかけてくれる優しい先輩だった。
王が巨人の監督になってからは、監督とコーチとしても、苦楽を共にしてきた。
最も印象に残っているのは94年オフ、王のダイエー監督就任直前だ。巨人のスーパースターが他球団で指揮を執る─。巨人軍の長い歴史の中で、今後も一大事件として語り継がれていくだろう。
「その年のオフ、僕たち裏方の人間で飲む機会があったんですよ。そこにひょっこりと王さんが現れてね。そこでポツリとこう言ったんです。『俺はもう、巨人は無理かもしれない』。新聞報道などで、ダイエー監督就任の噂は流れていました。そのひと言を聞いた時、もう決意したんだなというのがありました」
王のダイエー監督就任は、賛否両論が湧き起こった。
「王がダイエーで監督をやることは球界の発展につながる」との意見があれば、「世話になった巨人を裏切った」という論調の記事もあった。とはいえ、批判を受けながらも下した大英断。樋澤氏には王の気持ちが痛いほど理解できた。
「王さんはハンク・アーロンとともに世界少年野球大会を開催し、その理事長を務めていました。その大会をバックアップしてくれたのが、当時ダイエーのオーナーだった中内㓛さん(享年83 )だったんです。私の知るかぎり、王さんほど義理堅い人間はいません。中内さんから監督を頼まれ、王さんは断ることができなかったのでしょう。巨人の監督をもう一度やりたいという夢があっただけに、王さんも苦悩していたんです。だから、『巨人は無理かもしれない』という言葉は、とても重みがありましたね」
樋澤氏は他にも、江川卓(57)、中畑清(58)、松井秀喜(38)など、さまざまなタイプのスター選手たちと接してきた。
いつしか、一流になる選手には共通点があることに気づく。
「まずは顔つきと目。プロで成功する選手は、ある種の輝きを持っているんですよ。あとはケツの大きさかな」
投打において、下半身の安定は必要不可欠。樋澤氏いわく、「ケツが大きいほど大成する」。現在の巨人でも、その資質を持った選手がいるという。
「私が定年で寮長を辞める間際に入団の決まった澤村(拓一・24)が、寮の視察に来たんですよ。澤村を見た時、『江川以来のケツだな』と思いましたね。さらに目つきもよかった。必ずプロで成功すると思いましたよ」
その予言どおり、澤村は巨人の5冠達成に大きく貢献し、WBC日本代表候補にも選出された。
ONから続くスターの系譜。樋澤氏の証言から、巨人軍の華麗なる歴史をあらためて実感することができた。