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五木寛之×椎名誠「僕たちはどう死ぬるか」(4)車の運転をやめて男をやめた気分に

椎名 ぼくはいまピックアップトラックに乗ってるんですが、家へ帰るときに、かつて田んぼだったあぜ道を道路にしたようなすごく入り組んだ道の狭い道を走るのが怖いんですね。

五木 へえ。いまも運転されてるんですか。うらやましい(笑)。ぼくは65歳で運転をやめたんですが、そのときは男をやめたような感じがしましたね。自分はもうハンドルを握らないんだと思った瞬間にたまらない寂しさを感じたものです。

椎名 男はそうですよね。先日、70歳以上の人が運転免許証の更新時に義務づけられた高齢者運転講習というのを受けてきました。そのときに自分の年齢をいちばん意識しましたね。

五木 ぼくはいろんな車とつきあってきたもんで、それぞれに思い入れがあるんですよ。

椎名 そうでしたね。ただ、ぼくももうじき運転はやめようと思っています。というのは、自分が事故で死ぬというのが怖いわけではなくて、いつ人を轢き殺すかわからないから。自宅近くのあぜ道みたいなところでは、路地からおばさんなんかが自転車でびゅーんと飛び出してくるし、子供もうろちょろしてるし、恐怖の道です。人を轢き殺してしまったらと考えると、そろそろ潮時かなとも思います。

五木 ぼくは車の運転にはかなり入れこんでいた時代があったんです。徳大寺有恒さんや黒澤元治さんたちと五木レーシングチームなんてのをつくってマカオグランプリなどに遠征してたりとか。

椎名 ご自分でお乗りになってたとは思わなかったですね。

五木 車の運転をやめたきっかけは、視力の低下です。新幹線に乗ってて浜松とか通過する駅がありますよね、若い頃はその通過する駅名がピタッと止まって見えてた。ところが65歳ぐらいから、それがサーッと流れて読めなくなった。つまり動体視力がそれだけ落ちたと痛感したのです。これはもうダメだと、泣く泣くステアリングを置きました。

椎名 非常に知的な運転のやめ方ですね(笑)。

五木 こないだ北方謙三さんにその話をしたら、彼も運転をやめて自分の愛車を車庫から出して別れるときに、愛飲してる高級ワインをその車のタイヤにかけて送りだしたとか、いかにも彼らしいことを言ってましたけど(笑)。

椎名 北方さんが、ああ言いそうだなあ(笑)。マセラッティでしたかね。

五木 彼はマセラッティ一本槍でしょう。ハードボイルドでもやはり老いを感じるもんなんだよね(笑)。

椎名 ハハハ、そうですね。

椎名 ぼくは死んだあとどうなるとか、自分の死についてはあまり実感がなくて。

五木 以前、元検事総長が書かれた『人は死ねばゴミになる』(伊藤栄樹著・小学館文庫)という本が、かなりショッキングな内容でした。と、同時に死ねば本当に宇宙のゴミになってしまうのか、果たして死がすべての終わりかどうかということも考えさせられた。故・丹波哲郎の古い対談で、大霊界とか死後の世界について問われて、「死後の世界から帰って来た人がひとりもいない。よっぽどいいところだと思う」と。丹波さんも霊界に行ったまま帰ってきませんが(笑)。

椎名 ハハハ(笑)。

五木 昔は死後のことを“後生(ごしょう)”と言ったんですね。お寺さんに後生をおあずけしてあるからというような言い方で。死んだあとも行くべき場所があるという感じ。ある意味でイスラム教の天国観みたいな確固たる信念があった。それで死というものをそんなに悲壮でなく受け止めていたのかも知れません。いま我々に死後の世界の感覚があるかといえば、やはりあまりないんじゃないでしょうか。

五木寛之(いつき・ひろゆき):1932(昭和7)年、福岡県生まれ。作家。北朝鮮からの引き揚げを体験。早稲田大学露文科中退後、編集者、作詞家、ルポライターなどを経て、66年『さらばモスクワ愚連隊』で小説現代新人賞、67年『蒼ざめた馬を見よ』で直木賞。76年『青春の門 筑豊編』ほかで吉川英治文学賞。主な著書に、『朱鷺の墓』、『戒厳令の夜』、『風の王国』、『親鸞』(毎日出版文化賞特別賞)、『大河の一滴』、『人生の目的』、『運命の足音』、『他力』(英文版『TARIKI』は2001年度BOOK OF THE YEAR・スピリチュアル部門)などがある。02年菊池寛賞受賞。また『下山の思想』、『生きるヒント』、『林住期』、『孤独のすすめ』などのほか、最新刊に『七〇歳年下の君たちへ』。

椎名誠(しいな・まこと):1944(昭和19)年、東京生まれ。作家。79年『さらば国分寺書店のオババ』でデビュー。『哀愁の町に霧が降るのだ(上・中・下)』(81~82)、『あやしい探検隊』シリーズ(84年~)、『インドでわしも考えた』などの紀行文、純文学からSF小説、写真集など、幅広い作品を手がけている。90年に映画『ガクの冒険』を監督し、91年には映画製作会社「ホネ・フィルム」を設立して映画製作・監督として『うみ・そら・さんごのいいつたえ』(91年)、『あひるのうたがきこえてくるよ。』(93年)、『白い馬』(95年)などを製作。90年、『アド・バード』で日本SF大賞を受賞。『岳物語』『犬の系譜』(吉川英治文学新人賞)、『家族のあしあと』『そらをみてますないてます』などの私小説系作品も多い。

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