「そういえば昔よ、フランス座(殿が若かりし頃、修行をしていた劇場)に、『僕、チャップリンが大好きで、笑いで貧しい人たちを救いたいです。どうかフランス座に入れてください』ってヤツが来たんだよ。そしたら、うちの師匠(殿の唯一の師匠・深見千三郎さん)が『そーいうのはうちは違うじゃねーか。ここでお笑いやっても貧しい人たちは救えないだろう。どっちかっていうと、ここが貧しい人たちの集まりだしな。どっか、ほか行ったほうがいいんじゃねーか』って、軽くあしらってたことあったけどな。いるんだよ、たまに勘違いしたお笑い好きが」
つい先日、楽屋にて、なぜか殿と“今の若者は車にも酒にも女にも興味がなく、スマホだけ持ってれば安心”といった、実にオーソドックスな、そこかしこで言われまくっている、ヤング世代の見解をわたくしが話題に持ち出すと、殿は「若者」といったワードに引っかかったのか、冒頭の思い出を聞かせてくれたのです。
で、殿からこの懐古談を聞いてわたくしがまず思ったのは、師匠に影響を受けたのか? はたまた、元からそうなのか? 当然と言えば当然ですが、殿と深見千三郎師匠は、根本がまったく同じなのだな、と。
殿も“チャップリン的笑いのペーソス”とか“笑いの持つ力”といった、とらえ方や感じ方が大嫌いなのです。殿は常々、「衣食住満ち足りて、初めて笑いが成立する」といったことを言っています。
「3日も飯食ってないヤツに、漫才見るか、おにぎり食べるか、聞いてみろ。そんなもんおにぎり取るに決まってんだから。お笑いはちゃんと雨風しのげて、ごはんを食える環境があって初めて成立するものであって、災害なんかのあとに、芸人なんかが集まって『とにかく笑いを届けたい』なんてのは、いかにもずうずうしい話なんだよ」
と、冷静に語ってくれたことがありました。
そういえば以前、大きな震災のあと、とある正直あまりメディアでお見かけしない某ミュージシャンの方が「僕には歌うことしかできないので、歌でみんなを笑顔にしたい」と意気込み、被災地へ向かったといったニュースを聞いた殿は、
「誰だか知らないヤツが来て、知らない歌を歌われても迷惑だ!」
と、バッサリと切り落していました。
とにかく、笑いでも音楽でも、エンターテインメントの力を過剰に信じている人を殿は苦手としています。
そういえば昔、「たけしさんみたいなタイプの芸人は、最後は浅草あたりで野たれ死にが似合う」と、過剰に殿にアナーキーさを求めた文化人の方がいました。
そんな発言に対し殿は、
「なんで、いかにも文化人があこがれる、つまらない芸人のロマンに俺がつきあわなきゃいけねーんだよ。やなこった!」
と、まったく相手にしていませんでした。確かに、勝手なロマンで野たれ死にを期待されても「なんだよそれ?」です。はい。
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◆プロフィール アル北郷(ある・きたごう) 95年、ビートたけしに弟子入り。08年、「アキレスと亀」にて「東スポ映画大賞新人賞」受賞。現在、TBS系「新・情報7daysニュースキャスター」ブレーンなど多方面で活躍中。本連載の単行本「たけし金言集~あるいは資料として現代北野武秘語録」も絶賛発売中!