四ノ宮監督が言う。
「まさか遺書はもう残ってないだろうと思ったら、消していなかった。家の中の壁にも同じような内容の記述があったそうです。菅野さんはワラの上に乗って、さらにハシゴを架けて登り、首にロープをかけるとハシゴを落とし絶命した。撮影で訪れた時、菅野さんが屋根の上にいそうな感じでした。人間は死んでも魂だけは残るのかな、と‥‥」
カメラが床へとパンダウンすると、そこにはちょうど首がかかる大きさの輪を形づくったロープが無造作に放置されていた。
夫の死によっていまだ収入が閉ざされたままのバネッサさんは今年2月20日、四ノ宮監督の支援で上京し、東電を緊急訪問。夫が酪農を断念し自殺に至った責任を認め、損害賠償に応じるよう申し入れる行動を起こしたのだ。申し入れ書には、
〈亡菅野重清が書き残した『原発さえなければ』の言葉にすべてが凝縮されています。福島第一原発の大事故が、酪農家としての仕事、家族の団らん、地域での生活すべてを奪ったのです〉
と書かれてあった。
申し入れ後、バネッサさんは涙声で取材に応じ、自殺した日の朝5時、フィリピン政府の計らいで子供を連れてフィリピンへ一時避難していた自身のもとに菅野さんから電話が入ったエピソードなどを明かした。
「『御飯食べたか。みんな元気か』と聞くから『もちろんだよ』と答えた。『もう(日本に)戻らなくていいから』とも。何でそんなこと言うのかと思った。最後は『じゃあね、バイバイ』と」
さらにバネッサさんは、
「原発で将来が奪われてしまった。子供たちの将来のために闘おうと思った」
と、東電を相手取って訴訟を起こす会見を開いた。3月中旬にも逸失利益や慰謝料などを含む約1億1120万円の損害賠償請求をするという。
会見には支援者として先の東電への申し入れにも同行し、四ノ宮監督と親交のある有田芳生参院議員のほか4人の国会議員が同席。
「なるべく裁判にならずに、政治の力で解決できればいい、と。支援する議員の会も作ろうとしています」(有田氏の事務所関係者)
先の東電への申し入れによる早期解決を目指すが、
「認めないということであれば提訴したい。東電からいい回答がないなら、東電前での座り込みも考えています」(四ノ宮監督)