羽生の対局数は谷川との162局(2月末現在)をトップに、佐藤康光前王将149局、森内俊之名人117局と続く。対局数は番勝負のタイトル戦が反映され、谷川とは22回、佐藤と20回、森内と13回戦っている。
羽生のすごさはこの3人全てに勝ち越していることだが、対局数20局を超える棋士でただ1人、負け越している相手がいる。それが渡辺だった。通算21勝24敗。負かすことに慣れる、という表現は、渡辺の実績に裏打ちされたものだったのだ。先の中堅棋士は、
「四段になっても、上位棋士とはなかなか対戦できないもの。低段者は予選を勝ち抜かなければならないからで、それだけ渡辺が活躍しているということです」
すでに竜王戦で2回、王座戦で3回戦っている2人は、タイトルホルダーになれば盤外の仕事も要求される。ファンを増やす普及活動で引っ張りだこの羽生は多忙そのもの。前出・桐谷氏が言う。
「かつて名人だった、ある棋士の特集記事を『将棋世界』で組むことになりましたが、編集者が執筆依頼して断られるところを見ました。名人と竜王、そしてタイトル保持者は普及に寄与することも重要な仕事であることをわかっていない。その点、羽生は時間さえあれば快く引き受ける。それであの強さですから、スーパースターなのです」
羽生は92年に出版された棋定跡書のバイブルと称される名著「羽生の頭脳」(将棋連盟文庫)に代表される戦術本にとどまらず、将棋を通して得た人生観を伝える著書も多い。「結果を出し続けるために」(日本実業出版社)はその最新刊で、〈結果が表に出ないのは、力を蓄積している状態〉〈人は、普通に続けられることしか続かない〉〈情報や知識は自分で料理してこそ価値がある〉など、納得できる名言が読者を刺激する。谷川も「時には哲学者のようで」と評する羽生について、あるベテラン棋士は言う。
「発言に影響力があるのをわかっているから、どんな質問にもワンテンポ置いてから答える。もっとも、同業のわれわれ棋士は『羽生の頭脳』のほうが刺激を受けましたけどね」
対照的に、渡辺の発言は現実主義者を彷彿させる。ベテラン観戦記者の大矢順正氏が振り返る。
「とにかく負けず嫌いで、負けた将棋では感想戦をしないで席を立ったこともありました。さすがに周囲からいさめられて感想戦に応じるようになりましたが」
それでも「タイトル戦最終局の先手後手も、振り駒ではなく前もって決めてくれるほうがいい」など、将棋界の慣例に堂々と意見することがある。