騒動によって引退にまで追い込まれたのは、2000年のホリプロスカウトキャラバンで、あの綾瀬はるか(審査員特別賞)を下してグランプリに輝いた、藤本綾だ。
2001年に雑誌「BUBKA」で奥菜恵似の女性のベッド写真の掲載により世間にインパクトを与えたコアマガジン(「BUBKA」の現在の発行元は白夜書房)から出されていた「お宝ガールズ」(現在は休刊)の03年1月号に、藤本に酷似した女性のプライベートベッド写真が掲載されてしまったのだ。
「衝撃的だったのは、その中の一枚。なんと男性のイチモツをパックリと咥え込み、いやらしい上目遣いを見せる決定的シーンが捉えられていたんです。本人はもちろん、所属事務所も、この写真が藤本本人であることを認めていませんが、写真の中の女性がつけているアクセサリーなど、藤本と合致する点がいくつも確認できます」(芸能記者)
これによって、藤本の仕事は激減してしまった。
「かつて、同じように個人的な写真が世間に出てしまった、ひし美ゆり子のように、騒動を機に艶路線に方向転換をはかりたかったのでしょうか。事務所がそんな藤本に持ってきたのは、体を張ったシーンのある映画『メノット』でした。改めて公開された藤本のFカップバストは眩しいばかりで、目隠しをされての絡みはいやらしさ満点でした」(前出・芸能記者)
しかし藤本は、その映画の05年7月の公開を待たずして事務所を退社し、芸能界を引退してしまったのだ。
「当時の世間の目には、まるで大騒動になった写真で被った損害や、それまでの売り出し資金を、最後に脱がせて回収したかのようにも映りました。せっかくの体当たり演技でしたが、なんとも後味の悪いものとなってしまいましたね」(前出・芸能記者)
かつては、綾瀬はるかに勝るほどの魅力と輝きに溢れていた藤本である。あんな写真がなければ、今もカメラの前で笑顔を見せていたことだろう。
(露口正義)