数々の名馬の背で得たものが「騎手・武豊」に蓄積され、彼にしかできない手法で、5頭のサラブレッドをダービー馬にした。
今年その背でダービーを制したキズナとは、実は、デビューしたときから、ちょっとした縁があった。
キズナは昨年の10月7日、京都芝1800メートルの新馬戦でデビューした。そのとき武は、米国サンタアニタパーク競馬場のGII、アロヨセコマイルで、ノースヒルズ代表の前田幸治が所有するトレイルブレイザーに騎乗(2着)するためロサンゼルスにいた。
トレイルブレイザーのチームと現地で食事をしていたとき、ノースヒルズのスタッフが日本に電話をし、キズナの新馬戦を携帯電話を通じて実況中継した。キズナが勝つと、武はチームの面々と「カンパーイ」とグラスを合わせた。
アメリカで勝利を祝った馬で翌春の日本ダービーを勝ち、そして秋、フランスの凱旋門賞に臨むのだから、人と馬とのつながりというのは面白い。
父のディープインパクトは、そっと制御しないと突っ走ろうとするなど敏感すぎるところがあった。キズナは逆に、折り合いにまったく問題がない代わり、スパートをかけようとしても、ディープやウオッカのように、いつでもどこからでもビュッと動けるわけではなく、エンジンがフル回転するまで時間を要する。しかし、それはむしろ、密集した馬群のなかで我慢を強いられるフランス競馬に適した特性を有している、と言うこともできそうだ。
武にとって凱旋門賞は、94年にホワイトマズルで初参戦してから、これが6度目となる。
「直線の長いロンシャンは絶対にいい。ディープでああいう結果(3位入線後失格)になってから、ずっとディープの仔で参戦したい、そして勝ちたいと思っていました。今年の日本ダービー馬なのだから、胸を張って行きたいですね。凱旋門賞初参戦から20年近く経ち、これが6度目ですか。もちろん、そろそろぼくが勝ってもいいころだ、と思っています」
第92回凱旋門賞が行われる2013年10月6日が、日本の誇る天才騎手・武豊にとって、そしてすべての競馬ファンにとって、歴史的な一日となるか。しかと見届けたい。
◆作家 島田明宏