2012年、横浜DeNAベイスターズ初代監督に就任した中畑清氏(大洋ホエールズからの通算では第29代監督)。4年間の監督人生の中でBクラス4回と不本意ながら、後に本塁打王のタイトルを獲得してメジャーに旅立つ筒香嘉智を育てるなど礎を築き、2016年からのアレックス・ラミレス監督体制となった今では優勝を狙えるチームへと成長を果たしている。
しかし、だ…。今になって思えば、読売ジャイアンツで活躍した中畑氏が、なぜ選手として在籍した経験もない横浜DeNAベイスターズの監督に選ばれたのだろうか…?
元プロ野球選手、楽天ゴールデンイーグルスでは監督経験もある大久保博元氏のYouTubeチャンネル「デーブ大久保チャンネル」、7月16日投稿〈【ありがとう!中畑清!】#5 横浜DeNAにいた4年間は楽しかった!珍監督就任秘話から横浜への思いを赤裸々に語ります〉の中で、その経緯を中畑氏が明かした。
中畑氏の口から飛び出したのは、読売ジャイアンツのV9時代を支えた高田繁氏の名前だった。高田氏は現役引退後、日本ハムファイターズ、東京ヤクルトスワローズの監督を務め、11年に横浜DeNAベイスターズの初代ゼネラルマネージャーに就任している。
その後、高田氏は監督就任を工藤公康氏(現、福岡ソフトバンクホークス監督)に要請した。ところが工藤氏からの注文が多く、交渉が難航した事から中畑氏のもとを訪れ、「清、もし工藤と破談になったら監督やってみる気はあるか? でも、保険なんだけどな」と高田氏が言ったのだといい、「今でもその言葉が頭に染みついてる」と明かした中畑氏。
「またユニフォーム着ないんですか?」と大久保氏の質問に、「監督業は最後の仕事かなと思ってる。70歳までにはもう1回勝負したい」と66歳の中畑氏はやる気を見せ、これに応えるように大久保氏も中畑氏のもとでチーム作りをしたいと意欲をにじませたのだった。
現ベイスターズ監督のラミレスにはもちろん頑張ってもらいたい。しかし万一、Bクラス陥落となった時には、第2次中畑政権がスタートするかもしれない。不謹慎ながら、楽しみでもある。
(ユーチューブライター・所ひで)