1年にも及ぶ大河ドラマは、微細な人間模様が大きなカギを握る。とりわけ、主君を支える「正室」の美女たちには、誰もが熱視線を浴びせた。
大河ドラマとしては古い時代に属する鎌倉幕府を描いたのが「草燃える」(79年)だ。石坂浩二が源頼朝を、岩下志麻がその妻で、頼朝没後に尼将軍となる北条政子を演じ、ダブル主演としてクレジットされた。
岩下は妖艶な演技をこなす女優として知られるが、意外にも脱ぎ姿の披露は一度もない。だが、脱ぐこと以上に刺激的な場面を見せていた。夫の篠田正浩が撮影した横溝正史原作の「悪霊島」(81年、日本ヘラルド)でのことだ。
岩下は愛した男に去られたショックから、どこか浮世離れした巴御寮人の役。男を思い、和服姿のまま大の字になり、雄叫びを上げての慰め行為にふける。
着物の裾が股の間ギリギリまで開帳し、白い美脚をあらわにしたまま絶叫に次ぐ絶叫。お志麻さんのただならぬ妖気が拝める貴重な一篇だ。
室町幕府を舞台にした「花の乱」(94年)で、三田佳子は2度目の大河ドラマ主演を張る。将軍・足利義政(市川團十郎)の妻・日野富子がその役で、通称は「御台様」であった。
国民的女優の三田に艶シーンはほぼ皆無。ところが、1作だけ大胆な見せ方をしたのが「別れぬ理由」(87年、東映)だ。この前年の大河ドラマ「いのち」の主演を飾るなど、人気も長者番付も頂点の時期に挑んだことになる。
映画の冒頭から、三田は夫役の津川雅彦とホテルへ。バックショットながら、背中からヒップ上のほうまで全開である。さらに年下の不貞である古尾谷雅人との情交シーンでは、シーツにくるまってはいるものの、体を重ね悩ましい表情を見せ、悶えていることが見て取れる。
こちらも大女優・佐久間良子は、秀吉の妻・ねねの視線で描いた「おんな太閤記」(81年)で評判を取った。また、秀吉(西田敏行)がねねを呼ぶ時の「おかか」は、この年の流行語にもなった。
佐久間の映画での傑作は、キネマ旬報ベスト・テン3位に輝いた「五番町夕霧楼」(63年、東映)にほかならない。京都の遊郭に売られた薄幸の女を演じているが、やがて、自身の肉体に潜む魔性に気づいてゆく。着物姿のままでありながら、妖艶さを放ったと絶賛されたのだった。
奥州藤原氏の活躍を描いた「炎立つ」(93~94年)では、古手川祐子が藤原経清(渡辺謙)の妻・結有を好演。そんなお嬢さまスターだった古手川の初脱ぎは「春の鐘」(85年、東宝)で、当時、大きな話題となった。古手川は北大路欣也を相手に、2度の不貞ベッドを。お椀型のバストが美しく、よがり声もお嬢さまらしからぬ大胆さ。さらに、和服を立ったまま脱がされての抱擁シーンも、純白の肌がひときわ輝いていた。
最後は堺雅人主演の「真田丸」(16年)で、信繁(幸村)の正室・春を演じた松岡茉優。カンヌ国際映画祭でパルム・ドームを獲得した「万引き家族」(18年、ギャガ)では、万引きで生計を立てる一家の一員で、「女子高生」を売りにした性産業の嬢という役どころだ。
松岡は店内で思わせぶりに下腹部に手をやり、客の視線を集める。さらに、一家で訪れた海水浴の場面では、セパレートタイプの水着姿から推定Eカップの隠れ爆裂バストぶりが発見できる。演技のうまさには定評がある松岡だが、カラダまで一級品だったとは、戦国武将の妻にふさわしいと言えよう。