テリー 監督されたのは10年ぶりですよね。いかがでしたか。
角川 まぁ、気負うことなく、自分の代表作になればいいなぁと思いながら、わりと力を抜いてやれましたね。おもしろいもので、撮っているうちに、亡くなった大林宣彦さんの「時をかける少女」を撮ってるような感覚になってきたりね。
テリー というと?
角川 つまり、キャスティングした時は(主役の澪を演じた)松本穂香は、まぁ多少は知られてたけども、(野江役の)奈緒なんて、まったく無名でね。そういう中で、この2人に薬師丸ひろ子や原田知世、あるいは宮沢りえと同じように、この映画をきっかけに大女優になってもらいたいなぁとね。
テリー あぁ、なるほど。2人にはけっこう厳しくされたんですか。
角川 いや、新人だから、いちばん大事なのは演技じゃなくて、ホン(脚本)を読み込む読解力だということは言いましたけどね。だから、最低10回は読んで、全員のセリフを暗記してくれと。で、これから撮るのがどういうシーンなのか、自分なりの解釈を加えてほしいと。で、それぞれに別の課題も与えました。
テリー 十分厳しいじゃないですか。
角川 奈緒には近松門左衛門の悲恋物を勉強してこい、松本穂香には自分自身がタイムスリップして江戸時代の料理人になれ、と。難しいんだけどね。
テリー ねぇ(笑)。ただ、今回は脇を固める方たちも石坂(浩二)さん、薬師丸さん、野村(宏伸)さん、渡辺(典子)さんと、角川映画の歴史を作ってきた錚々たる面々が総登場で。そういう方々が、自分の役割は何かということを知って演じているから、すごいなと。その意味でも新人の2人は安心してやれたんじゃないですか。
角川 うん。よく「キャスト・スタッフ一丸となって作った」なんて言うでしょう。テリーさんもご存じだと思うけど、あんなのほとんどウソだからね。
テリー アハハハ。
角川 ところが、今回の現場は本当にそれに近かった。特にスタッフには、「監督、ああしていいですか」「こうしていいですか」っていうことは、どんどん自由にしゃべってもらってね。例えば、冒頭の2人が走っていくところでシャボン玉が流れていくシーン。あれは小道具の人がアイデアを出してくれたんです。
テリー あ、そうなんだ。
角川 で、今回は役者も舞台俳優が多いでしょう。石坂さん、浅野温子、若村麻由美‥‥。
テリー 中村獅童さんも。
角川 そうそう。舞台俳優は、舞台に立ってる時はバックにいても演技をしなきゃならないけど、映画スターのそばにいる映画の役者は、ただ立ってるだけ、ただ座ってるだけで背景になってないんですよ。舞台は、主演以外のみんなが動いて背景を作ってるわけ。
テリー なるほど。
角川 だから今回は、撮影しながら直したり、迷ったりということもほとんどなくてね。「ここは遠景で撮る」「ハイスピードで撮る」というようにカメラワークもシナリオの前にできちゃってたからね。
テリー じゃあ、もう現場は本当にスムーズに。
角川 うん。シナリオもすごく計算して、これは決して悪い意味での計算ではなく、どうしたら人の感情をつかむことができるのかを考えて書いたから。しかも、独りよがりではなく、観客目線でね。だから現場は、いわゆる緊張感はあっても、まったくギスギスしてなかったんだよ。